24歳、
7
伏せた瞼が愛しい。丸いつむじが愛しい。
私は透の正面に座ってそれらを見つめていた。こっちを向いてほしい。その鋭い三白眼で私を射抜いて愛を伝えてほしい。だけど、この艶のある瞼を、子供のようなつむじをずっと見ていたい。私の心の中は相反する気持ちがぐるぐると渦巻いていた。
「なに、見すぎ」
スマホを触っていた透が私に視線を送り頬を緩めた。
あーあ、もう少し見ていたかったな。だけどやっぱり、透の目はとても魅力的だ。
「えー?かわいいなぁって」
「……かっこいいの間違いじゃなくて?」
「うん。かわいい」
透は「そう」と目を優しく細めた。
「ね、今日の晩ご飯どうする?」
「うーん、何食べたい?俺ラーメン食べたいんだけど」
「ラーメンいいね。……あ、配達してくれるところあるよ」
私が話しながらスマホで検索をした画面を見せると、透もそれに目を通しながら「うまそう」
と相槌を打った。
「俺の足が完璧に治れば直接食べに行こう」
「うん!一緒にスーパーに食材買いにも行きたい」
「映画も観に行こう」
「夜のお散歩も」
「手を繋いで」
「うん……。2人で行きたいところに行って、したいこといっぱいしよう」
私がそう言った途端に透に強く抱きしめられて、たくさんのキスが降ってきた。
おでこ、瞼、こめかみ、頬、耳、透は私の形を確認するかのように丁寧に口付ける。
そして、鼻先、唇。
「香澄、愛してる。それだけじゃ足りないほど、愛してる」
もう一度唇へ。ちゅっと名残惜しむような音を残して、透の唇が離れた。
私は幸せの形を初めて視認した。なんてことはない。幸せは透の形をしていたのだ。
▼
「わかるってどうやって……」
僅かに震える智宏くんの声から動揺が伝わってくる。俺はテーブルにスマホを置いた。画面を覗き込んだ仁くんが映し出された画像を見て息を呑む。
「これって……」
「そう、G P S。検索をすればかなり正確に香澄さんの居場所が分かると思う」
俺が最後に香澄さんへ送ったもの。それはこっそりと鞄に忍び込ませたG P Sだった。見つかればおしまい。バッテリーが切れてもおしまい。細く頼りないその頼みの綱は俺の最後の恋心だった。
もしも香澄さんが何かの折に俺を思い出してくれたら。俺に助けを求めてくれたら、俺は何に代えても駆けつけるつもりだった。
見つかったら、バッテリーが切れたら。俺は香澄さんへの気持ちと決別するつもりだったのだ。
それがまさかこんなとこで役立つとは。
「ちょ、ちょっと待ってよ!そもそも2人で居ることは確定じゃないよね?」
検索を押そうとした俺の指を智宏くんが止める。
「わかるよ、わかる!あの2人は絶対に一緒にいる!俺、透くんも香澄さんのことも憎いよ。だけど、同じぐらい2人のこと好きなんだ。だから万が一にも間違いがあってほしくない」
捲し立てるように俺は気持ちを吐露した。この世に未練がなくなってしまえば、あの2人は去ってしまうかもしれない。ここではないどこかへ。
俺はそれだけは必ず避けなければいけなかった。もう香澄さんが幸せなら、生きてそれを見ることができたなら、俺はそれでいい。
「検索しよう。まだ話せるかもしれない」
仁くんが俺の背中を押してくれる。智宏くんはもうなにも言わなかった。
そして俺が検索ボタンを押したその時だった。
「透のご両親がいらしたから!ここに通すぞ!」
マネージャーが扉を勢いよく開けて入ってきた。それに続いて見えたのは数回顔を合わせた香澄さんの両親。母親は憔悴しきっているようだった。
その母親は俺を見つけた途端に駆け寄って来て「香澄もなの、香澄とも連絡がつかなくて……」と流れ出る涙をハンカチで押さえた。
その言葉を聞いて俺たち3人は顔を見合わす。それを見逃さなかったのがマネージャーだ。
「お前たち、何か知ってるのか?」
その言葉に香澄さんの両親が縋るような視線を寄越した。
もうここは素直に言うしかない。本当なら俺たちだけで話したかったけれど、事はどんどんと大きくなっているのだ。
「以前、透と話したときに"家をもう一つ買った"と聞いたことがあるんです。確か住所は……ほら、瑞樹知ってたよな?」
G P Sの存在まで明かす事はないと思ったのだろう。俺の前に割って入った仁くんがマネージャーにそう告げた。
「あぁ、はい」
俺は今一度検索画面を確認する。そこには恐らく2人が居るであろう家の住所が番地まで細かに記載されていた。そこは住所からみるに、マンションであることがうかがえた。
「マンションなんで何号室かまではわからないんですけど……恐らく香澄さんも一緒かと思うので、」
「……!どうして!?どうしてあの子たちが一緒にいるの!!これじゃあ、まるで、駆け落ちじゃない……」
「っ、おい、よさないか」
俺の言葉を遮った香澄さんのお母さんの声が部屋中を支配する。取り乱したことを咎める父親の声も震えていた。
「お母様、あちらに……」
サブマネージャーがそう言いながら香澄さんの両親を別室に移動させると同時に、マネージャーが「話の続きを」と鋭い視線を寄越した。
俺が住所を伝えると、マネージャーは「そうか……」とこぼし、腕を組んだ。
「何号室かが分からないなら警察に頼むしかないか……」
「それは……」
仁くんが躊躇うように口を開いた。警察に連絡をすることは今はまだ早計な気がする。それは満場一致だった。
「とりあえず、ここに向かいませんか?買い出しぐらいするでしょう?たぶん香澄さんが。出てきたら話しを聞きましょう」
「そうだな。しかし、そう何日も見張ってはいられないから、明日が終われば警察に届けよう」
智宏くんの冷静な提案にマネージャーは深く頷きながら付け足した。あとは香澄さんの両親に了解を取るだけだ。
透くん、俺は今から透くんが楽園だという2人の世界に乗り込むよ。
俺は蛇になる気はない。追放する気など、さらさらないのだ。
だから話をしよう。同じ女性を愛したんだ。透くんの気持ちは俺がきっと一番わかると思うんだ。
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