24歳、

6

 透と連絡が取れない。心配で家を訪ねたけれど家にも居ない。その話をマネージャーから聞いたとき、やっぱりな、とただそれだけを思った。きっと、いや、絶対に香澄さんとも連絡が取れないだろう。


「ご両親にも来てもらうことになったから!」


 マネージャーが俺たちを集めてそう叫んだ。透くんの所在確認、入っていた仕事先への謝罪、報道規制、やることはたくさんあるのだろう。会社全体が慌ただしく動いていた。


「なんか事件に巻き込まれたとかじゃないよな?」

「……やめろよ。そんなことそうそうないだろ」


 不安がる智宏くんの物騒な発言に、仁くんが切り捨てるように言い切った。


「なんか聞いてないのかよ。智宏が一番仲良かっただろ」


 仁くんも焦っているのだろう。智宏くんを責めるように口調が厳しくなっている。


「わっかんないよ。あいつここんとこ前にも増して塞ぎ込んでたし……。てか、瑞樹は!?香澄さんからなんか聞いてない!?」


 智宏くんが必死に縋るような瞳を俺に向けた。


「……あぁ、今言うことじゃないかもしれないけど。俺たち別れた。香澄さんは自ら望んで茨の道に行ったんだよ」


 しんと沈黙が訪れる。


「茨の道?」


 仁くんが怪訝そうな声音で単語を繰り返した。俺は両人差し指をピッと上にあげた。そしてその2本をゆっくりと近づけていく。仁くんと智宏くんの視線が俺の人差し指を追う。


「そう。誰にも許されない、透くんと香澄さん、2人だけの世界」


 ぴたりと2本の人差し指がくっつく。俺はおかしくておかしくて、微笑んだ。


「……、は?なにそれ?」


 仁くんは声を震わせた。智宏くんも理解できないというように顔を歪ませた。ただ2人から決定的な言葉は出てこない。


「ずーっと、愛してたんだって。いつからかなんて知らないけど、俺たちがデビューした頃には確実に」


 俺が決定的な言葉を放り込むと、部屋の空気はさらに重くなった。


「だから逃げたんじゃない?2人で」


 俺は香澄さんに最後に送ったプレゼントの存在を思い返した。誰も何も発さない。ひたすらに息苦しい空気だけが漂っていた。


「……あ、楽園!楽園だよ。たしかそう言ってた」


 重い空気を切り裂くように智宏くんの明るい声が響いた。


「え?楽園?」

「そう。2人で飲んでるときに、透が言ったんだよ。"楽園が手に入るかもしれない"って」


仁くんは理解できないというように眉間の皺を深くさせた。




▼▲

 あの日、透は俺に軽口を叩くかのように「楽園が手に入るとしたらどうする?」と聞いてきた。


「えぇ?楽園?新曲のアイディア?」


 透は昔から俺では理解に及ばないようなことを時々言う奴だった。だから今回も、また例のあれね、と流したのだ。


「違うよ」


 いつもより上機嫌な透は俺の返答を聞いて楽しそうに笑った。


「智宏はいない?どうしても手に入れたい人」

「……うーん、いないなぁ。なに?過激だね」

「じゃあ、今でも思い出してしまうような昔好きだった人は?」

「……えぇ……どうなんだろ。ってか、なんの話だよ!そういう透はいるのかよ。思い出しちゃうぐらい好きだった人」


 長い付き合いだが透と恋愛話をするのは学生以来だった。これがどうもこそばゆく俺は話を振り返した。


「いない。ずっと好きな人は忘れたことがないから。だから思い出すまでもないんだよ」


 透は考える素振りすら見せずにそう言い切った。幼馴染にそこまで想う人がいたのかと、俺は驚いて深く突っ込もうと思ったのだが、俺が話を続ける前に透が言葉を繋げた。


「楽園が手に入るかもしれないんだ」


 そう言って柔く微笑んだ透はサワーの入ったグラスに口をつけた。

 そんな透を見て、もうこれ以上話す気はないなと悟った俺は話題を変えた。

▲▼





 智宏くんの話を聞いて、心の底から嫌悪感が湧き出る。何が楽園だというのだろう。引っ掻き回すだけ引っ掻き回して、あとのことはもう知らない、そちらでご勝手に、なんてことが許されてたまるか。

 怒りなんだか失望なんだか、訳の分からない感情が身体中を支配していく。白くなるほど握った拳が痛みを教えてくれた。


「だから、透たちは楽園に逃げたって?てか、楽園ってなんだよ……そんなのこの世のどこにあるんだよ」


 仁くんの冷めた声が俺の心に染みていく。


「……ちょっと待ってよ、その言い方だと、透たちはこの世じゃ生きていけないみたいじゃん」


 智宏くんが仁くんを咎めた。


「そんな風に思ってるわけじゃねえよ。ただ、悲しいんだよ。もし本当に何も言わずに俺たちの前から消えたってんなら、こんなに悲しいことはないだろ」

 

 仁くんは俯きながら「悲しいんだ」とぽつりとこぼす。智宏くんが仁くんの肩を抱きなが「……そうだね。俺も悲しいよ」と繰り返した。


 そうして俺も気づく。そうか、俺も悲しかったのか。俺では無理だと、俺の存在では支えにならないと、香澄さんにも透くんにもまざまざと突きつけられたようで。俺は悲しかったんだな。


「……俺、わかる。2人がいるところ。透くんが言う"楽園"がどこにあるのか」


 俺の本心に触れたとき、俺はやっと自分自身を救ってやれる気がした。

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