22歳、

7


 家に帰ると早速引き出しを開けてネックレスを取り出した。つい2日前までよりもキラキラと輝いているように見えたそれに、私は思わず口づけを落とした。

 散々躊躇って、結局送れなかった言葉をメッセージアプリに打ち込む。


"会いたい"


 瑞樹くんはどんな顔でそれを見るのだろうか。私はそれを想像しながらネックレスをつけた。




 この人は全く……本当にしょうがない人だな、と思った。しかしそれ以上に"会いたい"というはっきりとした意思表示に自然と顔が綻んだ。

 でも期待はしない。この人に限っては普通なら、俺のこと好きだろ?、と確信するような言動も何の気無しにしてしまうからだ。

 何の気無しにというのは語弊があるかもしれない。香澄さんは、こうすれば俺が離れられないだろうと、無意識下で感じとっている。俺はまんまとその罠にハマって抜け出せなくなってしまったのだ。

 言うなれば俺は、香澄さんの精神衛生を保つための生贄なのである。そう分かっていながらも、それでもそばにいたいと願う俺も大概どうかしているけれど。


"今日は終わるの遅くなるよ?それでもいいなら"


 彼女がどんな顔でどんな気持ちで"会いたい"と送ってきたのか。それは考えるだけ無駄なことだった。大事なことは俺が香澄さんを好きだということ。俺が香澄さんじゃなきゃダメだということ。


 仕事が終わり俺はメンバーにこれから用事があると伝える。メンバーをマンションに送り届ける道中で俺だけ降ろしてもらう必要があるからだ。

 ただ香澄さんのマンションの前に直接降ろしてもらう、ということはしてこなかった。それは配慮などという綺麗なものではなく、透くんに香澄さんが住んでいる場所を教えたくないという嫉妬心からきていた。

 そもそも、香澄さんと会っている、と言ったことは一度たりともないのだが、恐らくそれは周知の事実だろうと思う。


「今更なんだけど、付き合ってるの?」


 仁くんがさらりと言葉にした。誰の名前も出てこなかったけれど、香澄さんと俺が付き合っているのか、ということだろう。

 俺は思わず横目で透くんを確認するが、透くんは特に興味も無さそうにリュックに荷物を詰め込んでいた。


「付き合ってないよ」


 キッパリと言い切ると、仁くんと智宏くんが意外そうに顔を顰めた。それは理解できないと暗に伝えてくる表情だった。3年半もひたすらに片想い。確かに理解できないかもしれない。

 誰に理解されなくてもいいし、理解してほしいとも思っていないのだけれど。


「まぁ、撮られないようにしろよ」


 仁くんと智宏くんは順番に俺の肩を叩き、控え室を後にした。


「透くんも意味不明だと思う?3年半の片思い」


 透くんはゆっくりと俺に向き直り、お手本のような笑みを見せた。あれだけ感情が顔に出る透くんから一切の気持ちが伝わってこない、彫刻のような笑みだった。

 そして透くんは俺の問いに答えぬまま横を通り過ぎた。



 俺を出迎えてくれた香澄さんのデコルテで主張するネックレスを見て、思わず体が固まる。最悪捨てられているかと思ったネックレスがまさか俺を出迎えてくれるとは……。想像もしていなかったことに、俺の胸はいっぱいになった。

 俺の視線に気づいた香澄さんは照れ臭そうに微笑む。その笑みに期待しそうになる心を俺は必死に律した。


「ごめんね。突然呼んじゃって……」

「いや、全然……。それより、お葬式……俺こういう時なんて声かけたらいいかわからなくて、ごめん……」

「ふふ。素直。ありがとね。とても良いお葬式だったよ」


 久しぶりの香澄さんの笑顔って破壊力ありすぎだわ……。恋を知ったばかりの少年でもないだろうに。俺は顔に熱が集まるのを感じた。


 部屋に上がると香澄さんはいつものように水の入ったコップを俺の前に置き、正面に座ったかと思えば姿勢を正して俺をまっすぐ見据える。

 すぅ、と香澄さんが息を吸って、なんだか俺にまで緊張が伝わってくるようだ。


「あの、本当に勝手なんだけど、私が瑞樹くんのこと幸せにしたい!……って言うのはもう遅い……かな?」


  散々待った、散々傷ついた、と嫌味の一つでも言ってやろうという気持ちは香澄さんの愛を含んだ眼差しの前では無力だ。


「俺の幸せは香澄さんの隣にしかないよ」


 きっと俺は、今まで生きてきた中で一番の幸福の中にいるだろう。

 俺が幸せに微笑むと、香澄さんもつられて微笑む。そこには確かに愛と幸福があった。


「好きだよ」


 想いは溢れて自然と言葉として表れた。


「私も、好きだよ」


 やっと、やっとだ。香澄さんの特別になれた。


 ネックレスが俺たちを祝福しているようにきらきらと輝いていた。




 

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