22歳、
3
私の誕生日当日は時間が取れないかもしれないということで、3日前の今日、「お祝いをしよう」と瑞樹くんが誘ってくれた。
「本当に家でよかったの?」
いつもより少しいいワインで乾杯をしたあと、瑞樹くんに聞かれた。
本当は、外でディナーでも、ということだった。だけど人気うなぎ上りの、これからを期待されているアイドルである瑞樹くんとそうすることは、どうしても憚られた。
「こことか好きそうだと思ったんだけど」
そう言って差し出された瑞樹くんのスマホ画面を覗く。
間接照明に照らされた雰囲気のある店内と美味しそうな料理の写真が並んでいた。
「わぁ、ほんとだ。これとかめっちゃ美味しそう」
「でしょ?香澄さん絶対好きそうだと思ったんだよ」
どうやらチーズ料理のお店らしかった。お酒のアテに絶対チーズを選んだり、チーズがかかっているということだけでメニューを選ぶくらいにはチーズ好きである私の為に、探してくれたのだろうか。
ディナーを断って宅飲みを提案したことは瑞樹くんの想いを踏みにじる行為だったかもしれない。
「ごめんね……。せっかく考えてくれてたのに」
自己嫌悪に陥った私を見た瑞樹くんは「謝らないで。俺に気遣ってくれたのわかってるから」と目尻を下げた。
瑞樹くんのちょっとした表情や仕草から私への想いが痛いほどに伝わってくる。
彼がひた隠しにしていたとはいえ、私はどうして瑞樹くんの想いに気づかないで過ごせてきたのだろうか。
「せっかくのお祝いなんだし、楽しもう!」
「うん!そうだね」
「改めて、お誕生日おめでとう」
艶々とした唇がそう紡いだ。
瑞樹くんの口は下唇がぷっくりとしている。くりりとした大きな瞳がかわいい。対照的に鼻筋は印象よりも太く男性的で、女性的な瞳とのバランスが抜群に良かった。
「なに?俺の顔になんかついてる?」
暗に見過ぎだと訴えているようだ。
「ここにホクロあるんだね、知らなかった」
無意識に伸びた手が瑞樹くんの右耳の下にある小さな点に触れる。
「……あぁ、最近髪型変えたから見えるようになったのかな」
そう言いながら瑞樹くんはホクロに触れた私の手に自分の手を重ねる。途端に自分の行動を恥ずかしく感じ、咄嗟に手を引いた。瑞樹くんは逃げる私の手を引き止めようとはしなかった。
「ご、ごめん……」
「そういうとこなんですよね。無防備で思わせぶり。八方美人で優柔不断」
ぐさりぐさりと心に刃が刺さっていく。心当たりがありすぎるのがまたツライところだった。
「ひどー。主役にそこまで言うか……」
じとりと恨めしげに睨む。
「はい。それでも好きです。ぜんぶ」
好きって言えば酷い言葉も帳消しになると思っていないか?その整った顔で微笑めば私がなんでも許すと思ってないか?
……悔しいけど、その通りだよ。
「ずるい。それを言われるともうなんも言えないじゃん」
まんまと絆された私はもう許して微笑むしかないのだ。
▼
「ずるいのは香澄さんだよ」俺はその言葉を飲み込んだ。
だって、そうだと知っていながら離れないのは俺の意思だから。
「いや、飲み過ぎな」
「だって明日は休みだもーん」
ここまで酔うのは珍しいな、と思い、でもこれは喜ばしいことではないか?と考える。
好きだと再び告げる前はひたすらに恋心を隠し、友達として接してきた。それは香澄さんがそう望んでいたからだ。直接言われたことはないが、自信をもって言い切れる。あの頃の彼女は愛だの恋だのを求めていなかった。
俺は自分のことを駆け引きは苦手で真っ向勝負しかしないと思っていた。それがどうだろう。失いたくない故に、その信条をボキボキに折って気持ちを偽っていたのだ。しかしそのお陰で一番近くにいることができた。
香澄さんが、合コンだ、紹介だ、と無意味なことに時間を割いている時も耐えた。
香澄さんは俺を頼るようになった。俺の存在を精神的な支柱にし始めたのだ。もう少しだと思った。あと少しでこの人が俺を見てくれるかもしれない。
友達ごっこをしていた時にはここまで酔っている姿を見せてはくれなかった。きっとなんだかんだ気を張っていたのだろう。
しかしどうだ。今の彼女は俺の前でデロデロに酔っている。それは香澄さんがさらに一歩俺に歩み寄った証拠に見えた。
「俺は仕事なんだけどー」
「えっ!そうか!そうだよね!ごめーん、帰っていいよ」
さっきまで机に頬をつけてうだうだ言ってたくせに、俺の言葉にパッと目を覚まし勢いよく頭を起こした。
「うぇ、気持ち悪い……」
「そんな思いっきり頭振るからでしょ」
本当にしょうがない人だと思う。5歳も上なのにまるで手のかかる子供のようだ。
「仕事……早いの?」
「いや。ライブが控えてるから、それ関係だけ」
「そっかぁ……ほんと楽しみだな、ライブ」
「初めてだよな、俺のアイドル姿を見るの」
「うん、そうだね。かっこいいんだろーなぁ」
とろとろに溶けた瞳がさらに細められた。
「惚れるよー」
自信満々に言い切ったけれど、本当は自信なんてこれっぽっちもなかった。
結局透くんと香澄さんの関係に対する明確な答えを聞くことはなかった。だけど、未だに香澄さんは透くんに囚われている。ずっと見てきた。だからわかる。
「俺だけを見ててね」
それは心の底からの懇願だった。
だけど香澄さんは微笑むだけでなにも言わない。
香澄さん、あなたには狡い人であってほしい。
俺を利用できる限り利用してほしい。そばに居させてくれたなら、時間をかけてあなたを夢中にさせるから。
「瑞樹くんだけを見てるね」
香澄さんは惚けた瞳で俺を見つめた。
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