22歳、

2

 避けて避けて避け続けていたからだろうか。今までちっとも耳に入ってこなかった透の話題を、峯田さんは今日も私の耳に届けた。


「え?ライブ?」

「はい!一緒に行きませんか?」

「なんで私なの?」


 突然のライブ話に目が点になる。ライブの申し込み方法やルールさえも分からない私に峯田さんは丁寧に説明してくれた。


 ・峯田さんと友達が各々代表者として2名分の席を申し込んだ

 ・どちらも当選し、同行者分のチケットが余ってしまった

 ・峯田さんと友達がそれぞれ同行者を探している


 要約するとこのようなことらしかった。


「まさか2人とも当選するとは思ってもみなくて……」 

「まさかだよねぇ」

「だから、黒岩さん一緒に行きません?」

「いつなんだっけ?もうシフト出ちゃってるでしょ?」


 私の言葉に峯田さんは不敵に笑った。


「もう確認済みです。黒岩さんお休みでしたよ!だってライブは黒岩さんのお誕生日に開催されるんで」


 誕生日……。私の勤めている企業は、福利厚生の一環としてバースデー休暇があった。つまり誕生日は強制的にお休みになるのだ。


「あれ?もう予定入れちゃいました?」


 返事のない私に不安そうな峯田さんが問いかける。


「今年も予定はないけど……」

「じゃあ!」


 どんな些細なことでもこれは運命かもしれないと結びつけてしまう思考は、せめて大学を卒業するときに捨ててしまいたかったなぁ……。

 誕生日に透に会える……。それはもちろん一方的なものになるだろうけど。

 会いたい。直感的に浮かんだのはそれだった。……だけど。私は次に頭に浮かんだ瑞樹くんを思った。もう前に進むと決めたのだ。


「相談したい人がいるから、少し待ってくれる?今日の夜には絶対に連絡するから!」

「わかりました!」



 帰宅途中の電車の中、私は瑞樹くん宛にメッセージを作っていた。だけど何度作っても、瑞樹くんに「透に会いたいんだな」と思わせそうなメッセージしか出来上がらなかった。

 実際会いたいと思っている。それは間違いではないのだ。だけど瑞樹くんにそう思われたくない。彼を傷つけたくないし、私に呆れてほしくないのだ。

 私は文章で伝えることを諦めて、電話をさせてもらおうとその旨のメッセージを送った。


 電話は思っていたよりも早い時間にかかってきた。


「お疲れ様。仕事終わったの?」

「うん。今家に着いたところ」

「そうなんだ。おかえりー」

「……おう。……ただいま」


 少し言い淀んだ瑞樹くんを不思議に思いながら「電話ありがとね」と伝えると「大丈夫。どうしたの?」と優しい声が返ってきた。


「意見を聞きたいと思って。……12月9日にあるblendsのライブに誘われたの。行ってもいいかな?」

「え、まじで……!?そうか……うん……いいじゃん。……俺を見に来てよ」


 締め付けられた胸に恋の始まりを感じる。このまま好きになれたらどれほど幸せなのだろうか。


「うん。わかった……!」

「その日って香澄さんの誕生日だよね」

「そうそう。やっと誕生日に予定ができたよ」


 自虐気味に笑うと、瑞樹くんはぴたりと話すことをやめた。


「……どうしたの?」

「俺だって本当は毎年誕生日を祝いたかったんだよ。だけど俺にそういうことは求めてなかったしさ、香澄さん」


 忘れた頃にひょっこりと顔を出す、拗ねた子供のような口調がたまらなく愛しいと素直に思う。


「今年は祝わせてよ」

「うん、ありがと」

「……あぁー、今すぐ会いたい……」


 そうだ。瑞樹くんは駆け引きなどしないのだ。ただ真っ直ぐに伝えてくれる愛情を私は両手で受け止めたい。

 そのためにはやっぱり、小さく小さく折り畳んだ、だけど確かにまだ持っている、大切にしていた想いを捨てなければいけない。

 私の他のどの感情も思い出も釣り合わない。それらを捨てたところで受け取れない。

 瑞樹くんからの愛情をこの手に受け止められるのは、透への想いを手放した時だけだ。



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