18歳、

10

 瑞樹くんの自宅を後にし帰った家は、夏だというのにひんやりとした空気が覆っていた。


「わっ!びっくりした」


 玄関の電気をつけるとそこにしゃがんでいる透が目に入り、驚きに肩がびくりとなる。リビングに続く扉が開けられており、そこから漏れ出したクーラーの冷気が廊下を冷やしていた。


「どこ行ってたの」


 おかえりすらも煩わしいというように、透は私に問いかける。虚な瞳に私は罪の深さを知った。


「瑞樹くんのところに……」


 声が震えてしまわないように、ぎゅっと固く手を握った。


「好きなの?」


 震えたのは透の声だった。気を抜いてしまえば「私が好きなのは透だけ」だと抱きしめてしまいそうなほど悲痛な声だった。


「……わからない」


 それが私の精一杯だった。こうなっても透を手放したくないと恐れて、曖昧に傷つける自分に嫌気が差す。


「ふっ……わからないって……。姉さんはずるい。トドメを刺してもくれない」


 軽蔑の色を含む瞳は透の三白眼をより魅力的にみせた。こんな状況なのに、やっぱり好きだと実感するなんて……ほんとにどうかしてる。


「じゃあ、はっきりと。もう終わりにしたい。もういいかなって。社会に出ていろいろな魅力的な人がいるってわかった。だからもう恋人ごっこはおしまい」


 自分の心が折れてしまわないように一気に捲し立てた。私の別れ話を聞いて、透は場違いに微笑む。トントンと自分が座っている隣を叩き、私をここにおいでと誘っている。まだ履いたままだった靴を脱いで、透の正面に座った。

 そんな私を見て透はもう一度微笑んだ。口角がゆっくりと持ち上がり、次に目が細められる。好きだったのだ。透の全てが。今も、好きなのだ。


「結局姉さんには俺と地獄に落ちる覚悟がなかったわけだ?」


 辛辣な言葉とは裏腹に透は微笑みを崩さない。その微笑みに責められて、私は赦された気になった。


「いつまでも姉さんって呼んで地獄に落ちるものかって踏ん張ってたのは透でしょ?……結局お互いそこまでだったんだよ」


 透から微笑みが消える。


「お母さんお父さんをこれ以上裏切ることも、透の大切なメンバーやファンを傷つけることも、世間に後ろ指差される心配も、もうなにも不安に感じることはないんだよ」


 次は私が微笑む番だった。もう罰は受けた。お互いが罪を赦そう。

 ここは楽園でも地獄でもなかった。ただの現実だ。私たちが離れてもきょうだいだという事実は消えない。

 私は大丈夫。それだけで生きていける。


 私は血の繋がりに初めて感謝をした。

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