18歳、
6
「お疲れ!悪いけど先に帰るな」
「お疲れ様!気をつけてなー!」
「母さんが家に来ててさ」と、透くんはリュックを背負いながらそう言った。智宏くんの大きな声に俺と仁くんの「お疲れ」は掻き消される。それでも透くんの耳には辛うじて届いたみたいで、「おつかれ!」と爽やかな笑顔を向けた透くんは足早に控室を後にした。
「俺のとこもこの前初めて来たよ」
「俺は引っ越し前に会ったきりだわ」
話しの流れのまま智宏くんと仁くんが母親来訪の報告をし合っている。その内容に俺のどうしようもないコンプレックスが刺激された。
「俺はまだ高校生なんで!割と頻繁に来るけど、まだ高校生なんで!」
2人の会話が途切れたタイミングでそう言うと、智宏くんと仁くんは俺の心情を察したのか、うんうんと生ぬるい視線を投げかけた。
「またそうやって子供扱いする!智宏くんとは一つしか違わないんですけど!」
"そういうすぐにムキになるところが子供っぽいって言ってるんだよ"
仁くんと智宏くんは言わなかったが、俺を見守る表情が確実にそう言っていた。
「なにも言ってないだろ。瑞樹の良いところは純粋で裏表がなくて負けず嫌いで一生懸命!焦らなくても年は重ねていくんだからさ。出来ないことを数えて卑屈になるなよ」
仁くんの優しい眼差しが心を溶かす。
「そうそう。大事なのはどう年を重ねていくかだからね。頑張っても縮まらない歳の差に悩まなくてもいいんだよ。補い合って頑張ってこうぜ」
智宏くんの撫でるような眼差しが心地良い。
そういうところなんだよ。仁くんも智宏くんも。ここには居ないけど、透くんも。あ、透くんはお兄さんというよりはどちらかと言えば友達みたいな感じだけれど。
とりあえずみんなは俺のことを理解し、尊重してくれた。最初は事務所の人に寄せ集められた違和感ばかりのグループだったけれど、今は俺にとって唯一の心から安らげる居場所になっていた。
どうか、ずっと続いてほしい。そのために俺も精一杯の努力をしよう。そう考えて、つい先日見つけてしまった小さな違和感を思い出した。
あの日、仁くんの家での祝勝会。仁くんと香澄さん。並んだ2人を見つめる透くんの瞳。その瞳には確かに隠せない嫉妬が漏れ出ていた。
その瞳を捉えた瞬間、昔読んだシェイクスピアのオセロに"嫉妬は緑の目をした怪物"だと出てきたことを思い出した。その時は意味がわからなかったのだ。
しかしどうだろう。透くんの目は確かに緑色した嫉妬がぐるぐると渦巻いていた。
いや待て、自分の姉を好きになるか?でも、確か透くんのところは再婚だと聞いたことがある。血が繋がっていないのなら可能性は大いにあるか……。
それならば本人達が幸せならそれでいいんじゃないか?だけど、姉と弟が恋人関係になることはあまりにセンセーショナル過ぎやしないか?少なからずblendsには悪影響だろう。
だけどそれはあくまで俺の勘でしかない。そんな曖昧なことを2人に相談することは違う気がした。まずは透くんに確認するべきだろう。……透くんなら案外素直に認めてくれそうだ。人とは一線を画した思想で生きている透くんを思い浮かべた。
「透と香澄さんは本当のきょうだいだよ。血も繋がってる」
とりあえず2人のことを知ることが大事だな、と俺たちの中で透くんと一番長い付き合いである智宏くんに話を聞くと、思いもよらない言葉が返ってきた。
「っえ……!?そうなの!!?再婚なんだろ?」
仁くんも俺と同じように驚いていた。「うーん、俺が勝手に言っていいのか分からないんだけど……」と智宏くんは少し迷う素振りを見せた。
「でもまぁ、隠してるわけでも無さそうだし、いいかな」
そうきてくれないと困る。智宏くんが話し出そうとしたとき「まだ居たのか?早く帰ってくださいよー」とマネージャーがノックと同時に入ってきた。
そう言われれば帰るしかなく、俺たちは控え室を後にした。
▼
気になりすぎる。しかし送りの車の中で話すような内容ではない。俺は悶々としていた。たが過程はどうあれ、透くんと香澄さんが血の繋がっているきょうだいであることは決定している。
そうなると透くんが香澄さんに特別な感情を抱いてるってのは俺の勘違いかー?えー?でもあの表情と目は家族に向けるものじゃあないだろー!!
あ、これは考えてもだめなやつだ。ただ、血の繋がりが発覚したことで、もし万が一俺の勘が当たっていて、そしてそれが世間にバレたら……。俺たちは終わってしまうんじゃないか?それだけが不安で、それだけは何としても阻止しなければいけなかった。
「ねぇ、もしメンバーと同じ人を好きになったらどうする?」
流れる景色を見つめながら仁くんと智宏くんに聞いた。
「えー?なんだよそれ」
突拍子もない質問に智宏くんが笑う。
「いや、もしもだよ。ふと気になって」
重くならないように努めて明るく言うと、仁くんと智宏くんは声を揃えて「諦める!」と言い切った。予想していた通りの答えに、やっぱりなと笑みが漏れる。
「じゃあ、透くんはどうだと思う?」
俺はなんてことないという風に核心に触れた。
「透も諦めそう。というかあいつが何かに執着している姿が想像つかないわ」
「俺も諦めると思うよ」
2人とも俺と同じ考えのようだった。ふわふわと掴みどころのない透くんが、仁くんの言う通り、何かに執着をする姿が思い浮かばなかった。
「そういう瑞樹はどうなの?」
智宏くんに話を振られて、俺は間髪入れずに答える。
「俺は絶対諦めない!何としてでも俺に振り向かせる」
俺が言い切ると、仁くんと智宏くんは声を出して笑った。
「だと思ったわ!」
2人の声が重なった。
送迎の車から降りると、俺は控え室の話の続きを促した。仁くんは「ここで話すようなことじゃないだろ」と止めたが、それは形だけのもののようだった。
そりゃそうだ。仁くんは香澄さんのことを気に入ってる。恋愛感情にまで育っているかはわからないが、"いいな"と思っている人の情報は知りたいと思うのが正常な反応のように思えた。
智宏くんは「エレベーターに乗ったらな」と一応の気遣いをみせた。
「透が赤ちゃんの時に離婚して、また再婚したって。俺もそこまで詳しくは聞いてないんだけど、透はお父さん、香澄さんはお母さんに付いて行って、再婚の話が出るまで自分に姉さんがいることは知らなかったって言ってたよ」
なるほど。あまり聞かない話だと思ったが、確かにそれなら、と納得した。
「そんなこともあるのか。考えてみると香澄さんと透って名前も繋がりがある感じだしな。顔はあんまり似てないけど、ふわふわ足が地に着いてなくてほっとけない雰囲気は似てるわ」
智宏くんの話を咀嚼しきった仁くんも納得したようで、夜に似つかわしくない清々しい声をあげた。
俺は仁くんの話を聞き、また、なるほど、と納得をした。言われてみれば透と澄はイメージの近い漢字だと思った。彼らの苗字に入っている"黒"と正反対のイメージだ。透と香澄さんの両親がどんな願いをもって彼らに名付けたか、それが分かったような気がした。
そしてこの夜、俺は身の振り方を決めた。
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