17歳、
5
「姉さん」
愛おしい人を呼ぶ声は弱々しく掠れていて、それが自分の自信のなさをより一層際立たせた。
「とおる」
姉さんの黒々とした目がだめだよ、と言っている。だけど俺の名前を呼ぶ声は愛おしげにまろみを帯び、それだけで涙が出てしまいそうなほどに切なげであった。
もしかすると姉さんも俺と同じ気持ちかもしれない。いや、そんなことあるわけないだろう?2つの感情が忙しなく押し寄せせめぎ合う。
あと少しだ。それを言ってしまえばあとは堕ちるだけだ。
「彼女なんていないよ。ただ連絡先を渡されただけ」
「そう……」
返事をした姉さんは視線をそらし、ほっとため息を吐く。
「だって、俺が好きなのは……」
その先は姉さんの口内へと溶けて消えた。背伸びをしていた踵を下ろした姉さんを強く抱きしめた。握っていたピンクの紙が音も立てずに廊下に落ちる。
「すきだ。ずっとずっと好きだった」
やっと言えたその言葉に姉さんは消えそうな声で「わたしも」と応えた。
地獄ではなかった。ここは地獄などではなかった。どこを選びとっても地獄だと思っていた姉さんとの関係は、唯一の楽園に成った。
▼
触れた肌はしっとりと吸い付き、俺を惑わせる。お互いの気持ちを確認してからは、今まで抑圧されていた欲望が一気に目覚め、もっともっとと貪欲にお互いを求めた。
一線を越えてしまえば、今まで何を不安に思い、何に遠慮していたのかさえわからなくなった。
仕方ない。だってどうしようもなく好きなんだから。それを大義名分とし「すきだ、すきだ」と熱に浮かされたように繰り返した。
「姉さん、すきだよ」
「さっきから何度も聞いてるよ」
姉さんがくすくすと口元に手をあてて優しく笑う。
「今まで我慢してきた分がまだたんまり残ってる」
「わかる。私にもまだたんまり残ってる」
「じゃあ、もっとちょうだい」
セミダブルのベッドで布団に潜り、足を絡めながらじゃれつく。子供が親に隠れていたずらをするときと同じ、見つからないように小さ声で。
耳元で囁く愛の言葉はこんなにも甘美だったのか。ずぶずぶと堕ちていく。絡み合った足が這い上がる気を根こそぎ奪っていく。
「すきよ」
「俺も。あいしてる」
そう告げれば、姉さんはぴたりと動きを止め「それはずるいよ」と泣いた。その涙に口づけを落とす。
「すごいね。姉さんは涙まで甘い」
「……もう……」
呆れたように笑った姉さん。信じてないな。本当なんだよ。本当に全部甘いんだよ。
▼
「誰にもバレないように」
「わかってます。もう何度目?」
俺は少しでも長く甘い空気の中にいたいのに。姉さんは先程から約束ごとを何度も繰り返した。
「だって、透って自分で思ってるよりずーっと、顔に出るんだよ?」
「それ仁くんにも注意されたことあるわぁ」
「もうっ、何呑気なこと言ってるのよ!?」
「姉さん、しーっ!」
ヒートアップした姉さんの唇に人差し指をあてる。「父さんたちもう帰ってきてるからね」と咎めるためにあてた人差し指。違う。ただ俺が触りたかっただけだ。
「……ごめん」
顔を赤らめた姉さんが「でも、本当に気をつけようね」と念押した。
「はい。わかってます」
頷いて先程した約束ごとを復唱した。
「意味深に視線を合わせない」
「不必要にボディタッチしない」
「嫉妬心を表に出さない」
「俺と姉さんはただのきょうだい。守れます。誓います」
得意げに微笑むと、姉さんは安心して頷いた。
「もしもバレたら、私たちきっと離れなくちゃいけない」
そんな日を想像しているのだろうか。姉さんの瞳に薄っすらと涙の膜が張った。「そんなことさせない。大丈夫だよ」と瞼に口づけを落とせば、姉さんが笑う。それだけで俺は何者にでもなれる気がした。
「あと、最後に。透はお仕事を優先してね」
忙しくなるであろうこれからを心配してくれたのだろう。
「うん、ありがとう。けど、姉さんは姉さんだから。……そういや、家族に会ってるところを週刊誌に撮られても困らないよな」
「そうだね。家族だからね」
「堂々とデートできるじゃん!」
嬉々とした俺に姉さんは大きなため息をついた。
「それぐらい喜んだっていいだろ。姉さんと家族になったことを初めて心の底から喜べたんだから」
不貞腐れた俺の頭に手を伸ばした姉さんが髪を梳く。その手がこめかみまで滑り、姉さんの親指がやわやわとそこを撫でた。
今世界が滅びてもいいと思った。姉さん、姉さん。俺の愛しい人。
髪の匂いも抱きしめた体温も、囁く愛の言葉も知れた。次はなにを俺にくれるのだろう。俺はこの人になにをあげられるのだろう。
細められた目が愛してると言っている。触れた親指がずっと一緒だと言っている。
俺はこの夜を一生忘れない。死ぬ間際まで擦り切れるほど思い返してやる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます