1章 導入 まだ地球
第1話
「はぁ…」
荷物を片付けながらため息をついた。
「あんなに頑張った結果がこれか…」
リビングに目をやると片付け終えて物が無くなりガランとしている。
1か月前には俺がこんなことになっているなんて予想すらできなかった。
1か月前、俺は仕事に没頭していた。
3年かけて取り組んできたプロジェクトが大詰めを迎えており、会社に泊まり込みで仕上げていた。
ひと段落したところでシャワーを浴びるために一度家に帰った時に異変に気づく。
妻と子供の荷物がなくなっており、メモが残されていた。
『家庭を顧みないあなたの言動にはうんざりしました。実家に帰ります。探さないでください。』
確かにプロジェクトを任されてからは家庭よりも仕事を優先させており、妻に子供のことも含めて全て任せていた。俺の仕事を理解してくれていると思っていた。俺の独りよがりだった。
「にゃー」
ぼぉっと考えているとどこかで猫が鳴いたのが聞こえた。
鳴いたのはオスの黒猫、クロだ。
我ながら安直な名前を付けたその猫は5年ほど前に会社の帰りに拾った元捨て猫だ。
俺のもとにはクロだけが残ったのか。
クロの鳴き声で我に返り仕事の途中で帰ってきたことを思い出した。
憂鬱な気分のままシャワーを浴び、新しいシャツに着替えて家を出た。
「にゃー」
玄関でクロが元気に鳴いてることが余計に俺の心をえぐった。
会社につくと俺のデスクの前にいた部長とグループ長が近づいてきた。
そこで俺はほかのプロジェクトへの配置転換を宣告された。
これまで、3年間もプロジェクトを引っ張ってきたのは俺なのに。
ゴールが見えてきた今になってなぜ?まったく理解ができなかった。
後で分かったことだが、このプロジェクトの成果はグループ長のものになっていた。
多くのことに絶望した俺はその日のうちに退職届を提出し、実家に帰ることにした。
1か月前に始めた引っ越しの準備もあとは自分の机回りだけになった。
机の上で今日も会社から電話がかかってきているが気にしない。辞められて困るのならもう少し気を使ってくれてもよかったのに。
ブツブツ文句を言いながら机の上に散らかった資料の紙束を手に取っていると黒猫クロが近づいてきた。
紙束を置き、クロの頭をなでてやろうと手を伸ばすと、
「やっと片付きましたね。」
とても優しい声でしゃべった。
聞き間違いだろう。1か月家に籠ったことで精神的に落ち着きを取り戻したと思っていた。病院にいって薬も処方してもらっているがそれの副作用だろうか。
「聞き間違いではありません。」
また、しゃべった。
今日はダメかもしれない。片づけをやめて薬を飲んで寝よう。
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