シミュレーター 第三話
「―――っ!!」
急激なGに振り回されながら、祷子は奇妙な違和感を感じていた。
戦闘。
祷子にもそれはわかる。
わからないのは、戦闘機動に移った途端、メサイアとの一体感が全くなくなったこと。
全てが強い違和感となって祷子を襲う。
何故?
何が?
どうして違ってきた?
それに、この違和感は?
違和感?
違う。
これは不快感?
いや―――不満そのものだ。
揺れるモニターに映し出されるのは、敵。
ドイツ帝国の主力メサイア“ノイシア”。
クリーム色の重厚な装甲に身を包み、シールドとメイスを装備している、世界的に見ても“有力”なメサイアだ。
日本も立憲君主国であることから、同帝国とは友好関係にあるが、やはり仮想敵となることは避けられないようだ。
敵は3騎。
戦況モニターに映し出される状況は、お世辞にも芳しいものではない。
祷子の騎は、その動きの稚拙さもあって、三角陣形のど真ん中に包囲されている。
前方にノイシアA。
左後ろにノイシアB。
右後ろにノイシアC。
それが、戦況モニター上で割り当てられた敵の名。
敵の戦況モニターに自分の騎が何と映し出されるのか、祷子は知らない。
ドンッ!
モニターの中で、土煙と振動をあげ、ノイシアが突撃してきた。
迎え撃とうとした祷子だが―――。
「えっ?何で?」
思わずそう叫ぶ。
何のことはない。
騎体が、敵の攻撃を前に後退しだしたのだ。
「何で下がるの?」
あそこで下がっちゃダメ。
祷子の心のどこかで、何かがそう叫ぶ。
あそこで下がったら!!
祷子の目は、戦況モニターに移る。
彼我の配置が映し出されるモニターには、自騎と目の前の敵騎、そして―――。
背後には分散して伏せる敵数騎。
下がれば囲まれる。
囲まれれば殺される!
わかっているはずだ。
それなのに、何故、下がった?
「きゃあっ!」
理由を知る術もないコクピットを激震が貫いた。
「ひ、被害は!?」
騎体の状況を示すステイタスモニターは、背部に中程度の損傷が発生したことを告げている。
「ちっ―――っ!?」
メサイアを動かそうとした祷子だったが、それが無理な注文であることを、すぐに思い知らされた。
騎体が動かない。
「操縦が!?」
力任せにシステムを動かそうとしても全く反応しない。
何とかしなくては。
そう思い、スクリーンモニターを見た次の瞬間、
ガンッ!
頭が割れたかと思った。
ヘルメット越しに伝わる激震。
それは頭部への一撃があった証拠。
敵の攻撃は、それだけでは終わらない。
メイスが振り下ろされるたびに、被害箇所に痛みが走る。
「―――っ!」
目をつむり、歯を食いしばるがそれでも痛みはやってくる。
メサイアはついに膝をついた。
動きはしない。
ただただこのシミュレーションが終わるのを待つ。
それが自分に出来るただ一つのこと。
ただ一つの?
……。
違う。
祷子は思った。
私はメサイア使いだ。
メサイア使いにしか出来ないことがある。
私は、それをしなければならない!
祷子は騎体設定の操縦権限を切り替え、STRシステムを握りしめた。
「くっ!」
ガギィンッ!
次の瞬間、シールドを装備した左腕が頭部をガード。メイスの一撃を凌いだ。
「う、動く!」
祷子は震える声で言った。
「いけるっ!」
ノイシアが狼狽した様子に見えたのは、祷子の錯覚にすぎない。
反撃に移る敵への対処を担当するコンピューターが次の処理をノイシアAに告げるために生じたわずかなタイムラグなのだ。
時間にしてわずか数秒足らずこと。
だが、祷子にはそれで十分だった。
ガンッ!
左腕の肘を引き、突き技の要領でシールドのエッジをノイシアAの股関節に突き立てた。
装甲スカートの隙間をねらい澄ましたような一撃を受けたノイシアAは脚部を切断され、バランスを失った。
祷子の騎は、崩れ落ちてきたノイシアAを肩に背負う形になる。
「一騎!」
祷子はノイシアAをプロレス技の要領でノイシアBに投げつけ、同時に立ち上がった。
「バランサー、生きてるけど!」
思うように踏ん張りの効かない足回りをねじ伏せながら、祷子はメサイアを旋回させ、腰の刀を抜き放ち様、ノイシアCの腰部を切断した。
警告音が鳴り響くコクピット。
エラー表示で真っ赤になったモニター越しに、ノイシアA、Bが崩れ落ちるのが映し出される。
「いけっ!」
刀の慣性と騎体の関節の負荷をねじ伏せながら、祷子は刀を無理矢理メサイアの頭上にまで移動させ、一気に刀でノイシア2騎を串刺しにすべく、コントローラーを操作して……。
その日の夜。
「騎体は……まぁ、仕方ない」
二宮は祷子に言った。
「騎士の機動にメサイアがついていかない故に騎体が破損するケースは、実例として存在はする。また、今回の訓練にしても、元々は、メサイア戦の恐ろしさを、まず知ってもらうことが目的だった。目的は達成されたものと判断される」
「……はい」
「操縦権限を
「……」
「あの状況で敵メサイア全騎を倒したことについては、文句はないということだ」
「……ありがとうございます」
「問題は、だ」
二宮の鋭い眼光を受け、祷子はすくみ上がった。
「騎の負担を考えない機動を行ったことだ」
「す……すみません」
「騎が貴様の操縦についていけず、エラーを宣言しているのを無視、あまつさえ、関節をガタガタにして3騎撃破の代償として騎体は行動不能……自爆させたというのは、評価どころか、大減点対象だ」
祷子に返す言葉はなかった。
ノイシアCを撃破した次の瞬間。
右膝関節の構造パーツが破断、右脚部は膝関節から外れた。
祷子の騎はノイシア2騎を覆い被さるように転倒。
串刺しには成功したものの、祷子の騎そのものも行動不能。
システムは、祷子に脱出と自爆を要求してきた。
自爆システムを起動させた時の、自分の不甲斐なさと悔しさを思い出し、祷子は泣き出しそうになった。
「敵を倒す。それは評価出来る。だが、ああも騎体を安く見てもらっては困る」
「……」
「騎体を安く見る。それは、自分の命を安く見ているのと同じだ」
二宮はコーヒーポットに手を伸ばしながら言った。
「騎士の価値は、生きていればこそのもの。死んだ騎士に価値はない。なにより」
「はい」
「私は、貴様等に死ぬ方法を教えているわけではない」
そう言う二宮の目は、どこか慈愛すら感じさせる優しさを持っていた。
「メサイア使いとして、どんな戦いでも生きて功を成すための術を教えているつもりだ」
「……教官」
「敵を倒すことにこだわるな。生きる術と敵を倒す術はいつもイコールではつながらない。教えたはずだぞ?常に戦況を冷静に見定め、生き残ることを考えろと」
じっ。と祷子を見た二宮はため息混じりに言った。
「貴様や和泉に言っても無駄か」
「?あの……私は確かに居眠りとか、いろいろありますけど……?」
「……和泉は」
二宮はコーヒーを注ぐ手に注意しながら言った。
「単なる試験秀才……試験の時だけ成績はいいが、実践で活かせるタイプではない」
「えっ?」
「学校の成績はいいが、社会に出てその経験や知識が活かせない、そんなタイプだ。見ていてわかる。あいつは軍人、いや、社会人になれば絶対、苦労するタイプだ。私なら、さっさと結婚して専業主婦になることを勧める」
「……」
「第一、和泉は知られていないが、お前以上の特技がある」
「はい?」
「目を開けたまま眠れるんだ。自習で知識は得ているようだが、授業ではよく寝ているぞ?」
「う、ウソ……ですよね」
「教官を舐めるな。そして、お前並に頭に血が上ると視野が狭くなる。……先程の説教は、すでに和泉に話したことだし?ま、お前とは別な意味で劣等生といえば劣等生だ。―――飲むか?」
コーヒーの入った紙コップを祷子に渡しながら、
「そういえば、何故居眠りが多いか聞いていなかったな」
「……怒られます」
「聞かねば怒りようがない」
「……消灯の後、ヴァイオリンの練習を」
「ヴァイオリン?」
「近衛に入ったら、音楽大学に通わせてくれる。軍楽隊の指導もつける。そう言われていたんですが」
「無理だな……なんだ?そんなにヴァイオリンってのは難しいのか?」
「感覚が鈍るんです。しばらく使っていないと」
「……そうか」
二宮はふと思いついたように言った。
「一曲、弾いてくれないか?」
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