シミュレーター 第二話
全ては、祷子がシミュレーターを起動し終えた瞬間から始まった。
『天儀候補生、待て』
モニターにシミュレーション中断を告げる表示が出る。
「え?」
祷子はきょとん。として動きを止めた。
システムはオールグリーン。
警告表示は何一つ点灯していない。
『システムエラーが発生した可能性がある。システムを再起動する。しばらく待て』
「どういうことですかっ!」
シミュレーターコントロールルームで、二宮が技官にくってかかった。
祷子の乗るシミュレーターの前では、美奈代達が何事か話しながら様子をうかがっている。
皆が“何かおかしい”と気づいている証拠だ。
「何故、天儀候補生だけ、起動中断、再開を?」
それがわからない。
教官として見る限り、祷子は問題なくシミュレーターを起動させている。問題なく次の過程に進めるのに。
「間違いないな?」
他の技官と話し合っていた技官は、ようやく二宮に気づいたという顔で言った。
「これを、見て下さいよ」
技官が指さすのは、数字の羅列。
それは、起動開始から完了までの時間だ。
「?」
「和泉候補生といい、天儀候補生といい、起動完了までの時間が早すぎるんです。それに、メサイアが安定していません」
「起動は問題ないじゃないですか。安定は……知りませんが」
「問題なのです」
技官は呆れた。という顔で言った。
「こんなスピードでこなせるのは、高レベルの熟練騎士だけです」
「それを和泉や天儀がやっている?」
「だから確認していたのですよ」
「私がおかしいと思うのは、あなたの方です」
二宮は睨み付けるように技官を見た。
背の高い、いかにも理系という、どこか人間らしくない冷たい顔立ち。
その皮膚の下で流れているのがどんな化学薬品なのか知りたくもない。
全てが気に入らなかった。
「今回は謎が多すぎます。第一、たかが候補生のシミュレーションを、あなた達開発局の監督下で行うなんて」
「お答えできません」
ため息混じり。見下げた口調と態度で技官は答えた、二宮の神経をブチ切れる一歩手前に追いやった。
「すべては機密事項。また、こちらはあなた方の都合に合わせる必要はないので」
「ケンカ売ってます?」
「どうしてそういうとらえ方しかできないんですかねぇ」
二宮に拳をめり込まされる一歩手前で技官は言った。
「教官相手にこんな事言いたくないんですけどね?あの二人はメサイアに負荷をかけています」
「負荷?」
「ええ。二人とも、メサイアにとっては、自らを操る“パートナー”ではありません。いいですか?メサイアと騎士、そしてMCは、共に戦う“パートナー”であることが求められるのです。三者のバランスが崩れたメサイアは戦力としての存在価値を激減させる。ご存じでしょう」
「言葉が不明瞭に過ぎます。独りよがりの会話は止めてください」
「あなたの方がよほどけんか腰だ」
「どうも。それで?」
「シミュレーターは、候補生を恐れています。パートナーではなく、自分を酷使する支配者として」
「?」
「ごく希な現象ではありますけどね。自分では耐えられないほどの動きを求める騎士を、メサイアは恐れます。“他を当たってくれ”とでもいいましょうか?」
「……あれは机上の空論であり、現実には起きるはずがないと」
「和泉候補生がひきおこした先の護衛隊壊滅。どう説明しますか?」
「そ、それは」
「和泉候補生が白龍専用のシュミレーターに搭乗した事象と同じ事が今,起きています。この起動の素早さは、メサイアがあの娘達に怯え、機嫌を損ねたくないと考えている証拠。それだけに興味があるんですよ。特に、天儀候補生については」
技官はそう言ってモニターの一角を突いた。
表示されているのは、祷子のパーソナルデータ。
メサイアの操縦適正能力を示すSMD。
レベル一つの差で戦闘能力差はケタ違いに開く。
一般的な最高レベルであるレベルAと、最低のD同士で戦おうとしても、戦うことすら出来ないほどだ。
レベルFL。
現在、認定されている最高レベルの上から3番目というハイスペック。
近衛どころか、全人類規模で見た方が正しいほど、貴重なレベルだ。
近衛騎士の平均レベルがA+。
それで世界最高レベルどころか、異常とさえ言われる。
世界最大の米軍ですら、平均レベルはBBが精一杯。
そんなハイレベル保持者だ。
興味を持つな。という方が無理なのかもしれない。
「いずれは開発局でいただく人材です。大切に扱ってくださいね?くだらないシゴキで傷モノにされては困ります」
技官は肩をすくめた。
「……わかりました」
二宮は言った。
「しかし、次のカリキュラムにも影響します。データ分析で対処して下さい」
「……了解。天儀候補生。待たせて済まない。次のプロセスへ移行する」
二宮は、メサイアの情報に目をやりながら、祷子の操縦を見守った。
スゴイ。
それが祷子の感想だ。
メサイアの四肢が、いや、メサイアそのものが、自分の体になったような不思議な錯覚すら覚える。
だから、祷子は不思議だった。
皆がメサイアに乗って気分を悪くするのが理解できない。
自分の体を動かして気分が悪くなるはずはないのに―――。
ただ、そんな疑問も快適さすら、戦闘機動に移るまでのことだった。
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