模擬演習
女の子なら怒ります 第一話
44期は受験を通して採用された。
対する45期は全員が学校側からの要請により採用されている、いわば特待生。
美奈代達からすれば異論はあるが、44期生から見た2期の違いの根本はここにある。
富士学校の受験倍率は、実は帝国の最高学府たる帝国大学より高い。
そこに入るには並大抵の努力では意味を為さない。
富士学校に入学したければ、頭脳、体力、共に死に物狂いで培うべきであり、そのために44期生は多くの苦難を乗り越えてきたという自負と、それを成し遂げた己に対する自信がある。
一方の45期生は、それがない。
全くない。
入りたくないのに向こうから来いと言われてしかたなく来た奴ら。
口にこそ出さないが、44期生は本気でそう思っている。
でなければ、あのカリキュラム進行の遅さが説明できない。
連中にやる気がないから遅いんだ。
そんな連中と、どうして共に学ぶ必要がある?
俺達は自分から名乗り出なければ採用してもらえなかったのに、あんな奴らには迎えが来たなんて理不尽だ。
それが、44期生の声なき怒りだ。
ところが、45期にはそれがわからない。
一方で、44期生に聞いてみたいことを聞かれれば、45期生達はこう訊ねるだろう。
「なんでこんな所に志願で入ったの?」と……。
つまりは、お互いの立場が理解出来ない。
また、学校が生徒を分隊に区分けする分隊制度をとるにあたっても、この44期生の不満は高い。
44期を6分隊に分けるのに文句はない。
だが、便宜上、45期を7番目の分隊として扱うことに、44期生は納得が出来ない。
その互いに対する認識のずれが、44期生をして45期生への言いがかりともいえる差別へとつながっている。
美奈代達は、そんな中にいる。
44期生にとって幸い、45期生にとって不幸なのは、カリキュラムはすべて別ということだ。
その進行は全て44期の方が早い。
44期生にとってはそれで当然なのだが、彼等がメサイアの実騎に慣れ始めた頃、美奈代達は、メサイアのシミュレーターに慣れ始めたばかりだ。
そんな時期、富士学校の生徒達の間で話題になるのは、たった一つだ。
模擬戦。
正確には“分隊対抗模擬戦闘訓練”。
分隊毎にメサイアで繰り広げる模擬戦闘のこと。
勝ち抜き式のトーナメント方式で、最後まで勝ち残った分隊が勝利となる。
賞品は望みのまま―――そう言いたいが、実際の所、何か出たと誰も聞いた覚えがない。
教官からほめ言葉くらいはもらえるだろう、せいぜい内申がよくなる程度ではないか。
候補生達の認識もその程度だったが……。
「賞品はアフリカ送りだ」
二宮の一言に、皆は唖然となった。
「……は?」
「質問」
宗像が手を挙げた。
「最前線送りは死刑判決に近い気がします」
宗像は、あわてて付け加えた。
「一般兵の感覚では」
「……命拾いしたな。候補生として、そのセリフを口にしたら、タダでは済まさんが」
二宮は教え子全員をにらみつけると、続けた。
「派遣期間は2ヶ月を予定している。
帰還すればそのまま卒業するタイミングだ。派遣期間はたった2ヶ月にもかかわらず、1年間の従軍期間と同じ扱いを受ける。これにより、卒業すれば、普通、准尉に任官される所が、少尉任官となる。階級一つ違うと、軍隊では待遇がかなり違うぞ?」
二宮は楽しげに言った。
「これを目指してがんばれ」
44期生なら言われた通りに頑張るだろう。
准尉。
そう呼ばれるより、
少尉。
そう、はっきり呼ばれたい。
彼らなら全員がそう答えるだろうから。
ところが、美奈代達の反応は冷ややかだった。
「一年分の従軍経歴と、少尉の階級が欲しいか?ということですか?」
この返事だ。
「……そうだ」
「別に興味ありません」
美奈代はきっぱりと言った。
「中尉までなら、まじめに任務に励めば、いつかはもらえるとおっしゃったのは教官です」
「……っ」
「大体」
宗像が言った。
「そんな栄誉なんて、あのエロ、じゃない。第一分隊あたりのモノでしょう?我々のようなドンガメ分隊には何の意味もありません」
「そ……それは」
「教官?」
祷子が訊ねた。
「何か、それを目指さないと、私達にとって都合の悪いことがあるんですか?」
「いや……」
二宮は、気まずそうな顔で首を左右にふると、とって付けたような笑顔で、明るい声を上げた。
「そ、そうだ!派遣前には一週間の特別休暇があるぞ!?」
「別にどうでもいいです」
「……」
二宮は今度こそ固まった。
「他の分隊に勝てると思っていませんから」と美晴。
「そうよね」
さつきは頷いた。
「まぁ、教官。負けても殺されるわけじゃないですし、アフリカに送られなければどうなるんです?」
「いや……」
二宮はやや落胆した様子で手元の書類をめくった。
「通常授業だが……」
「私、そっちでいいです」
さつきは言った。
「死にたくないですし」
「……」
「ねぇ」
授業の後、食堂へ向かう途中、美奈代が言った。
「二宮教官の様子がヘンだとは思わなかった?」
「うん」
さつきが頷いた。
「退室するとき、黒雲背負っていたし、なんだか、アフリカ送りに妙にこだわっているっていうか……どうしたんだろ」
「私もそう思いましたけど」美晴が首を傾げた。
「何か言いづらいことを言わなきゃいけない。でも、それをどうしても言えなかった……そんな感じでしたね……そういえば」
「ん?」
「宗像さんは?」
「さっき、第一分隊の染谷候補生に呼び出されました」
「宗像が?」
「はい」
祷子は頷いた。
「なんだか、染谷候補生はあわてた様子でしたが」
「染谷と宗像が?」
さつきが顔をしかめた。
「まさか。あの二人が?」
「……ん?」
昼飯のメニューを考えていた美奈代は、なぜか、さつき達の視線が自分に注がれていることに気づいた。
「どうした?」
「……いえ」
美晴が気まずそうに視線をそらせた。
「ほら、染谷ってさ」
さつきがそういいかけた時だ。
「待たせたな」
宗像が小走りに、美奈代達に合流した。
普段、ほとんど感情を表に出すことのない宗像にして珍しいことに、その顔は怒りにゆがんでいた。
「どうした?」
「食後にでも話す」
宗像はそっけなく答えた。
「口にするだけでメシがまずくなるからな。メシが終わったら」
宗像は指の関節をならした。
「二宮教官を締め上げに行くぞ」
「?」
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