第一章 富士学校

富士学校 入学

入学即行方不明です

 模擬戦から数日後のこと。 

 美奈代はようやく富士学校の校門をくぐった。


 富士学校第45期候補生。

   

 それが美奈代に与えられた肩書きだ。


 近衛軍。

 皇室近衛騎士団を中核とした天皇の私兵集団。

 帝国陸軍。

 帝国海軍。

 帝国戦略空軍。

 俗に「帝国三軍」と呼ばれる帝国軍の上位に属し、天皇にのみ従属することが求められるエリート集団。

 メサイア隊がその中核戦力であり、かつての父の職場でもある。

 だが、父の跡を継ぐために学校へ赴こうなんて殊勝な発想は、美奈代にはない。


 生活費を稼ぐため。


 あるのはそれだけだ。


「第45期、和泉美奈代候補生、出頭いたしました」

 申告は無事に終えることが出来た。

 トチることもなく、スラスラと口から言葉が出た時には、何だか口だけ別人のモノにさえ思えた。

 ため息と一緒に肩を落とした美奈代の鼻先を、暖かい風が桜の花びらを載せて通り過ぎていった。

 その時、まるで美奈代を待っていたかのように、校内放送が鳴り響いた。

 

 44期及び45期候補生は入学手続き会場前に集合せよ。

 

 成る程?

 美奈代はそれで知った。

 どうやら44期という生徒達もいるらしい。

 詳しい区別はわからないけど、そのうちわかるだろう。

 

 美奈代にとって軍隊は最悪の体育会系組織。

 そんな所に集まる連中の顔が、美奈代にはどうしても想像出来なかった。

 どんないかめしい連中が揃っているんだろうか。

 筋骨隆々としたマッチョで汗臭い奴らだったらどうしよう。

 体育会系特有の上下関係なんて巻き込まれたくないなぁ。

 その前に、女の子が私だけだったら最悪だなぁ。

 そんなことをつらつらと考えながら、美奈代は列に並んだ。

 いたいた。

 年代物の煉瓦造りの建物の前には、いかにも「僕達、体育会系です!」的な雰囲気ムンムンのオトコ共が列を作っている。

 基本、私服のはずなのに、なんでだろう?ほとんどジャージ姿だ。

 中には季節感を疑うような半袖や短パン姿までいる。

 あんな連中の中に並ぶのは、女の子として嫌悪感がぬぐえない。

 知らずに口元がへの字に曲がる。

 絶対、オトコ臭そう。

 あんなトコロに並ぶなんて、イヤだなぁ。

 吐いちゃうかもしれない。

 げんなりしているところへ届いた、 

「女子はこっちへ!」

 メガホンを手にした士官の指示には、正直、救われた気がした。

 いくら体育会系でも、まだオンナの方が精神的にマシだ。

 ……とはいえ、男子の列に隠れるようにして造られているのは、似たり寄ったりの連中が作る行列。

 「私達、体育会系です」な女子ばかりが目立つ。ただ、その数は男子の3分の1もないだろう。

 騎士の世界も男性主役の世界なのかなぁ。

 列に並びながら、美奈代はふと、そんなことを思った。

 

 会場での手続きを終えた後、制服を受け取った。

 というより、案内された宿舎のベッドの上に置かれていた。

 美奈代は制服に袖を通した。

 軍隊の制服というから、ジャケットにスラックスと思っていたら、スラックスではなく、タイトスカートだったのには驚かされた。

 リクルートスーツを思い出し、

「まるで社会人だな」

 そうぼやいて、自分が何をしに来たのか思い出した。

 思わず姿見の前でいろいろポーズを取ったり百面相をしてみたりしたが、昨日までの自分と何も変わる所がない。そのはずなのに、美奈代にはどうしても、姿見の鏡に映る自分が何やら別人のように思えてならなかった。


 それからすぐに食事となった。

 特別食となる昼食を腹一杯食べて、午後の入学式に備える。

 食堂に並べられた松花堂弁当を、この後、空腹の中、何度も思い出しては涙を流す日々が待っていることなんて、誰も知らない。

 ―――これを食べて頑張ろう!

 そう、自らに気合いを入れるのが精一杯だ。


 入学式が1400から始まる。各員用意。というアナウンスが流れた。


 まだ時間があるな。

 そう思った美奈代は宿舎へ戻った。

 宿舎は、古ぼけたどこにでもありそうなマンション。


 美奈代の印象はそんなものだった。


 割り当てられた部屋は一人部屋。


 施設のような集団生活かと思っていた美奈代は、まずそれに驚いた。

 パイプベッドと、高校で使っていたのと同じ古ぼけた机と小さな棚が一つずつ。小さく存在をアピールしている。

 それだけが調度品の殺風景な部屋。

 窓を開けば春の風が暖かな空気を運んでくる。

 黄ばんだ木綿のカーテンが風に揺れた。


 そして―――


「……あれか」


 近づいた窓の向こう。

 そこには―――巨人が立っていた。

 

 メサイア―――


 全高30メートルを超える、人類最強の人型魔法兵器。


 その前にはいかなる通常兵器も無意味。


 歴史に初めて登場したのは、1945年に終結した赤色戦争から奇跡的、驚異的な復興を遂げ、世界支配を狙うまでに発展したアメリカ合衆国と、ユーラシア大陸の覇権を狙うロシア、そして中華思想を掲げる中華帝国による連合軍との代理戦争となったベトナム動乱。

 米軍の兵器と物量に押された連合軍が繰り出した最強最悪のジョーカー。

 それが、メサイア。


 ロシア軍呼称MDROM-11スターリン。

 「鋼鉄の人」を意味するその名が、メサイアという存在を、如実に表現していた。


 投入されたメサイアは、わずか4騎。


 目的は―――破壊と恐怖を人類に刻みつけること。


 後にそう語られる程、4騎は戦場を地獄に変えてしまった。


 たった4騎を阻止するもに支払った血の代償は、10万とも20万ともされる。


 たった4騎のメサイア―――後に“黙示録の4騎士”と呼ばれる―――により戦線は逆転どころか、ベトナムから米軍を駆逐する寸前までに陥らせたのだ。

 米軍を住民どころか友軍を巻き添えにした新開発の兵器―――反応弾―――を使用せざるを得ない所まで追い込んだ、まさに恐怖の申し子。


 それがメサイア。


 魔法動力源として利用される魔晶石(ましょうせき)を用いたエンジンから供給される、莫大なエネルギーで稼動する現代魔法技術のある種の結晶。

 人類が夢見た、万能兵器。

 開発が完成だとさえされる最強兵器。


 ある人は言う。

 “メサイアは、人類の英知の結晶である”と―――。


 人類に平安と安寧を保証するべき魔法技術が生み出した破壊のための英知。

 その結晶たるメサイア。


 またある人は言う。

“メサイアは、人類が産み出した神である”と―――。


 陸海空、戦域を選ばず、敵対する全てを薙ぎ払うために存在する最強の神。


 戦場の救世主―――メサイア。

 破壊の神―――メサイア。



 美奈代は窓に歩み寄った。


 アイドル状態なのか、魔晶石エンジンから発せられる、独特なメカニカルノイズ混じりの音は聞こえてこない。


「戦闘機動時に、耳栓なしで近づくと鼓膜がダメになるんだったな」

 ふと、父から聞いた言葉を思い出し、美奈代は苦笑しながら窓にもたれかかると頬杖をついた。

 聞こえてくるのは、エンジン音ではなく、静かなヴァイオリンの音色。


 誰が演奏しているのか?


 コンコン。


 美奈代が窓から身を乗り出し、音の出所を探そうとすると、ドアをノックする音がした。

「はい」

 美奈代は返事一つ。すぐにドアを開けようと近づき、ノブを掴んだ。


 次の瞬間――

 

 「っ!?」


 美奈代は悲鳴にならない声を上げ、意識を失った。


 和泉美奈代がその日、所定の入学手続きを経て、富士学校の門を潜ったのは調査の結果、間違いないことは判明している。

 ただし、校内で開催された入学式典及び、入学に関する一切の行事に参加していない。

 割り当てられた宿舎の個室に荷物を残したまま忽然と姿を消した。



 それだけは確かだ。


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