事の発端

 先日、こんなことがあった。


 “ささいなこと《美奈代談》”により、懲罰としてメサイアの清掃を命じられた美奈代達は、ハンガーで別の分隊に遭遇した。


 はっきり言って、44期生と45期生は仲が良くない。


 というか、一方的に44期生が45期生を嫌っているというのが正しい。


 1分隊しかいないため、便宜上、第七分隊と呼ばれる45期生である美奈代達からすれば、“何で?”となる。

 だが、44期生の立場に立てば話は簡単だ。

 多数の脱落者を出しながら必死に目標へ向けて邁進する日々を過ごす(と自負する)彼等にとっては、カリキュラムは遅れに遅れ、懲罰だらけで、教官達の受けもよくない45期生の存在が面白いはずもないのだ。

 しかも、44期生の中で生え抜きの精鋭で構成される第一分隊となれば、敵対心も強くなるしかない。

 美奈代達にとって接触は避けるべき相手だ。

 それでも、美奈代達が第一分隊が遭遇したら?

 美奈代達に与えられた選択肢は少ない。

 無視か敬遠か。

 残念ながら、そう簡単に無視は出来ない。

 互いに形ばかりの敬礼した後は、極力関わろうとしないのが互いにとって正解だろう。

 この日も、聞こえよがしに自分達をバカにする第一分隊を尻目に、美奈代達はハンガーで汗だくになってメサイアを磨いていた。

 一騎の清掃に必要な時間は約半日。

 終わった頃にはクタクタだ。

 それだけでも大変なのに、この作業をバカにする第一分隊からの嘲笑は本当に心に痛む。

 エリートらしく、人を見下すことで自分の存在意義を見いだすことがこの歳ですでに癖になっているのだ。

 ただ、それだけなら、ここでは日常茶飯事のことで済むのだが……。


 第一分隊に恩田という男がいる。


 がっしりとした体格の体育会系の男だが、この日、この男がとんでもないことをしてのけた。


 それが事件の発端だ。

 

 突然、掃除中の柏美晴に後ろから抱きついたのだ。


 “女子に抱きつけるか?”という度胸試しの一環だったことを、後で行われた尋問の際、第一分隊の候補生達全員が認めたが、やられた方は収まらなかった。


 きゃぁぁぁっ!


 グベキャァッ!


 美晴の悲鳴に、横にいた山崎の拳が恩田のアゴを粉砕する音が続いた。

「何すんのよ!」

「このスケベっ!」

 その怒鳴り声と同時に、女子候補生達が第一分隊に食ってかかったのだ。

 山崎にぶん殴られ、文字通り宙を舞った恩田の頭に、早瀬の振り下ろした水入りバケツが、その尾てい骨に宗像のモップがそれぞれ命中し、恩田の悲劇が幕開けとなった。

 唖然とする第一分隊候補生達。 

 偶然通りかかった他分隊候補生達。

 ハンガーで勤務中の整備兵達。

 そして、偶然、視察中の軍高官の前で、裸にひん剥かれた恩田がウィンチで天井近くに逆さづりにされたのだ。


 よくもやりやがったな!?


 第一分隊がようやく我に返って、美奈代達に殴りかかってきたのは、整備兵達が恩田の股間を見て笑い転げる中だ。


「女だと思って甘くみてればぁっ!」


「いつ見たっ!?」

 真っ正面から殴りかかってきた候補生の脚をモップで掬ったさつきは、返す刀で、その脳天にモップを振り下ろした。


「この野郎っ!」


「私は女だ!」



 何だ!?

 第一分隊が女を襲っているぞ!?

 止めろっ!



 実家が槍の道場という早瀬さつきに、同じく実家が長刀道場という柏美晴がモップを振りかざして、襲いかかる第一分隊の面々を文字通り返り討ちにする。

 その一方、エリートを鼻にかける第一分隊を快く思わない他分隊候補生達がこれ幸いとばかりに第一分隊候補生達に襲いかかることで、狩る者と狩られる者が入れ替わった。


 女子候補生を助けるためにやりました!


 それは、例え“ちょっと”過剰だろうと、十分に言い訳の立つケンカの口実であり、実際、後の事情聴取において、ケンカの理由を尋ねられた他分隊の全員が胸を張ってそう答えた。

 誰もが、エリート部隊としてふんぞり返っている第一分隊をぶっ飛ばす格好のチャンスを逃そうとしなかったのだ。


 エリートがなにしやがるっ!

 女を襲うとは何事だ!


 皆、口々に第一分隊への非難を叫ぶが、後ろから羽交い締めにして滅茶苦茶に殴るやり口が、彼らの内心を語っている。


 曰く―――日頃の鬱憤晴らしに丁度いい!


 神聖なはずの整備ハンガーは、すぐに候補生達が入り乱れる乱闘の場に成り下がった。


 最後は教官達が率いる鎮圧部隊が突入し、全員が拘束された挙げ句、営倉に送られた。

 巻き込まれまいと神城達をかばってメサイアのコクピット付近に立て篭もった美奈代も問答無用で捕まった。


 全てにおいて、第一分隊に非があることは明白だ。

 罰せられるのは騒ぎを起こした第一分隊だけで、他はお咎めなしが相当だろう。


 しかし―――



●富士学校職員室

「―――結果として女生徒に対し、不埒な振る舞いがあったことは、光輝ある第一分隊としてまことに遺憾とする所ではある。しかし、いくら恩田候補生に非があろうと、法に照らすこともなく、全裸でつるし上げるような私刑行為が行われたことは、報復にしても著しく過剰であると言わざるを得ない」


「なんです?それ」


「染谷候補生、あの第一分隊隊長の」


「ああ―――あれですか」


「あれが書いてきた抗議文です。何しろ、自分は留守だったとはいえ、分隊がセクハラやらかしたとあっては―――ね?」


「あいつはどうも、騎士より政治屋になった方が成功するんじゃないですか?」


「騎士としての武勲を立て、それをバックに政界進出するのが人生の目標らしいですよ?本人というか、親の意向調査、読みますか?」


「勘弁してくださいよ、んなモノ」


「とにかく、抗議は抗議ですけど、もっと厄介なことになりました」


「ん?」


「今度の乗騎演習の際、模擬戦闘で白黒つけようと、そう言ってきたんです」


「ははっ!」

 長野は笑った。

「そんなこと、認められるわけないでしょう!?そんな候補生達のケンカ沙汰にメサイアを持ち出すなんて!」


 普通に考えればそうとしか考えられない。

 軍隊の兵器を使って、ケンカしようと言っているのだ。

 認められるはずが―――


「不本意ですが」

 二宮は、首を横に振った。

「第七分隊の乗騎訓練は、初期歩行訓練等を最低限度にとどめ、余剰を分隊間の模擬戦闘に充てるべし―――校長からです」


 二宮はデスクの引き出しから書類を取り出し、長野に渡した。


「く、狂っている!」


 中身を確かめた長野は怒鳴った挙げ句、その紙を引き裂いた。

「第一分隊も第六部隊も、共にBレベルの模擬戦まで可能!だが、第七分隊は、俺の娘達は、まだ歩いたことさえない!演習になんてなるものか!この学校は、あの子達を殺すつもりか!?」


「それだけじゃないんですよ」

 二宮は言った。

「今回の演習、気になることばかりですよ」


「……こんなリンチを認める以上におかしいことが!?」


「これを見てください」

 二宮から渡されたのは、訓練の予定表だ。


「ん?演習地は―――長野県?しかも……こんな所、本当に演習で使えるんですか?」


「今回、臨時に借り受けたそうです」


「……意味がわからない」


「そう」

 二宮は、立ち上がると長野の横に立ち、そのカ所を指でなぞった。

 二宮のほのかな香水の匂いが長野の鼻腔を、不意に楽しませてくれたことさえ忘れる程、その内容は長野にとってショッキングだった。


「はぁっ!?」


「おかしいでしょう?」


「な、なんですか?これは!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る