後半 ※'22 7/7改訂
「エミール・ランベールさんは、暴漢に襲われて亡くなりました」
「叔父さんが亡くなった?どういうことですか!」
刑事の口から衝撃の事実を聞いたケヴィンは思わず声を荒らげる。
「エミール・ランベールさんは昨夜、カフェに向かわれていたそうですが、その帰り道に襲われたようです」
それを聞いたケヴィンは呆然と立ち尽くした。
「叔父さんの命が突然奪われて大変ショックでしょう。警察も犯人逮捕に尽力を尽くします。
「…これは念の為の確認なのですが、家の中を見せてもらってもいいでしょうか」
ケヴィンはギクリとした。部屋にある人形のことである。
エミールは家の中で死んだ訳では無いので強盗犯だと疑われることはないだろうが、なにぶん入手法が入手法であるため、それはそれで厄介なことになるだろうというのが容易に想像がつく。
刑事はケヴィンの心境などお構いなく、玄関から部屋の中に入っていった。
ああ、もうダメだ。おしまいだ、頭を抱えているケヴィンを尻目に家宅捜索を続ける刑事達は、椅子に座っている人形に話しかけた。
―なんで人形に話しかけてるんだ?
怪訝に思ったケヴィンはしばらく様子を見ていた。
「失礼します。お嬢さん。私は刑事のエマニュエルです。お名前はー」
刑事が人形に問いかけた。
そのときである。
「ワ…ワ…ワタシハ…」
なんと、喋り始めたではないか。
「アリス!」
ケヴィンが咄嗟に叫ぶと、慌てて人形の元に走りよった。
「あっ、アリスは僕の妹なんですけどっ。ご覧の通り、言葉が上手く出てこないし、身体も不自由で…」
ケヴィンはまずい言い訳だなと内心思っていたが、なんとか言い繕った。
刑事はケヴィンの慌てふためきようは一体どういうことだと思わなくなかったが、アリスと呼ばれた人形の方を見やると、なにか言いたそうな目付きをしていた。実際には『そう見えただけ』なのであろうが、2人の刑事の目には、その人形が病気を患った哀れな少女にしか映らなかった。
人形の目線を無言の訴えだと受け取った刑事達は、「事件に進展があったらまた伺いますね」と言い残し、その場を後にした。
ケヴィンはほっとしたのもつかの間、すぐさま人形の方に駆け寄った。
「おい!今のはなんだ!」
怒鳴りつけたり、身体を揺らしたりするも、何の反応もなかった。
―1週間後。
あれ以来人形は椅子に座ったままピクリとも動かない。その事がかえってケヴィンの神経を摩耗させた。
初めて見た時はあんなにも愛おしく思えたのに、今では叔父を死に至らせた呪いの人形にしか見えない。
そもそもこんなことになったのは例の日記帳のせいだった。ケヴィンは魔術書のようなものに変貌して以降、手をつけることすらしなかった日記帳を手に取ったが、それは単なる日記帳のままだった。
ケヴィンは勢いよく床に叩きつけた。
―全てはあの忌まわしい『無名経典』のせいなのだ。そのせいで叔父は死んだのだ。自分のような、なんの取り柄もない甲斐性なしの甥に優しくしてくれたあの叔父が。しかし、その叔父を殺したのは誰か?殺したのは名前も顔も知らない暴漢だ。でも、あの本に書かれた文句を読み上げなければ死ぬことはなかったのでは?でも、あの本には対価のことは何も書いてなかったぞ!でも、現にあの人形は僕の元に現れた。おまけに口を聞くとかいう不可解な出来事が起こっている。因果関係がないなんて言いきれるのか?――
「忌々しい人形め!」
ケヴィンは金槌を手に取った。金槌は人形を壊すために用意したものである。
金槌を人形目掛けて振り下ろすも、股間に大きな衝撃が走った。モロにくらったケヴィンは痛みで悶絶し、床に転げ回る。
一体何が起こったのか。ケヴィンには痛みのあまり考えることすら出来ない。床に転げているケヴィンに向かって怒声が響き渡る。
「てめぇ、何しやがる!
「警察に連行されたら面倒になるから助けてやったんだろうが!」
なんと、怒声は人形から発せられていた。しかも可憐な外見からは想像がつかない野太い声である。
人形はすくっと椅子から立ち上がるとケヴィンに向かって歩き出す。その堂々とした歩きぶりは人間と変わらない。ケヴィンはというと、痛みと恐怖で身動きひとつ取れなくなってしまった。
人形は床に転がっているケヴィンの髪を掴んで無理やり頭を持ち上げる。恐怖のあまり泣き顔になっているケヴィンとは対照的に、人形の方は表情に変化が見られないが、硝子の瞳にはほの暗い憤怒の炎が燃え盛っているように見えた。
「なんだよその面は!俺が何をしたっていうんだ?」
ケヴィンは股間を蹴った挙句、髪を掴んで無理やり頭を持ち上げてるじゃないかと思ったが、余計酷い目に合いそうだったので黙っていた。
「なあ、もしかしてあんたも俺を捨てる気か?
「あいつらは俺を捨てようとした!俺が孤独に耐えられないと知ってて!」
次第にヒートアップしていく人形に対し、最早理解不能なことを喚き出したので、ケヴィンは恐怖を通り越して諦観の域に達した。
もう、駄目だ。助からない、ケヴィンがそう思った刹那、ケヴィンの首がもの凄い勢いで締められる。
「俺はただあんたのそばにいるだけでよかったんだ...。それ以上はなにもいらなかった。最初この姿になった時、『俺はなんでこんな姿になったんだ』って思ったけど、あんたと一緒にいられるならそれで十分だったのに...」
ケヴィンは薄れゆく意識の中、叔父のことを考えていた。
―叔父さん。暴漢に襲われたときもこうだったのかな。僕が人形を欲しがらなければ、叔父さんは酷い目に合わなかったかもしれない。そもそも、急に僕の前に出てきたよくわかんない本を手に取ったのが悪いんだ。あの時、破るなり燃やすなりすればよかったんだ。でも、急に出てきた本を破いたり燃やすことなんかできたのか?やっぱり僕が人形を欲しがったのが悪いんだ。ごめんなさい。叔父さ――
「『あれ』は何処にあるんだ?」
人形は、本棚にある本を片っ端から引っ張り出す。
「『あれ』の話を聞いた時、最初は与太話だと思ってたんだが…。実際にこうも目の当たりにされるというか、なんでか知らんが女の格好になってるわで、存在を認めざるを得なくなったわけで」
部屋にある本という本をチェックしたにも関わらず、目当てのものは一向に見つからないので、人形に焦りの色が見られるようになった。
人形は、ふと、机の上にある日記帳に目をとめる。
「…日記ねえ…。あいつ、結構筆まめなんだな」
日記帳を手に取り、頁を開き、改めて何の変哲もない日記であることを確認し、元あった場所に戻す。
「気になるけど、今は読んでる場合じゃない。
「早く『無名経典』を見つけ出さないと、ケヴィンがいなくなっちまうよ!」
ケヴィンはというと、椅子の上に座ったまま、じっと動かなくなっていた。
グラン・ギニョル 奈々野圭 @nananokei
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