山口さんの話

山口さんは、おばあちゃんの話が一段落したところで柱の時計を見た。


(そろそろ、ご飯の用意をしてあげなきゃ。)


山口さんは、何を作ってあげようか考えた。


(そうだ。おうどん。

ふっくら大きなお揚げは難しいけど、きっと千代さんも喜んでくれるだろう。)


そのとき、家の前の道を大きなバイクがゆっくりと向かってくる音が聞こえた。

千代さんが視線を窓に向けたのにつられて山口さんも視線を外にやった。


(おじいさんのバイクの音を思い出してるのかな。)


山口さんがそう思っていると、ひときわ大きなエンジン音が一瞬響き、とまった。

誰か来たのかな?入ってこないな?と思うくらいの時間がして、ガラッと玄関の引き戸を開ける音がした。


「おばあちゃん、いる?」


張りのある声が千代さんの在宅を確かめた。


山口さんが応対に出ようとすると、どんどん、と足音が鳴って、ぴっちりめの黒がベースのライダースーツを着た精悍な顔の男が、ベッドのある部屋に入ってきた。

山口さんがいたことに驚いた顔をしたが、山口さんのエプロンに気付き、慌てて姿勢を正して、挨拶してきた。


「はじめまして、孫の達之です。祖母がいつもお世話になっています。」


そう言って深く頭を下げた。


達之さんは少し背が高めで、やんちゃ小僧みたいな雰囲気をまとっているのに、身を縮めて深く頭を下げるその様子を見て、山口さんは少し可笑しくなった。それで、仕事用ではない笑顔で挨拶を返した。


「達之、よう来てくれた。でも仕事じゃないの?」


千代さんもとっても嬉しそうに、でも心配の色も少し混じった声で問いかけた。


「いや、休日出勤の代休が2日連続でとれたんだ。普通の休みとあわせて三連休になったから久しぶりに顔を出そうと思って。」


千代さんは安心した様子。


「そうかい。今でも乗ってるんだね。」


「うん。ずっと乗ってるよ。さすがに300キロを飛ばして来るのは久しぶりだけど。」


千代さんは、にこにこして会話を聞いていた山口さんを達之さんに紹介した。


「この人はね、いつも親切にしてくれる山口さん。もう一度御礼言っといてね。」


達之さんは、もう一度深く頭を下げた。


「本当にありがとうございます。本当は毎週でも帰りたいんだけど、東京からここまでなかなかこれなくて。でも電話とかでいつも山口さんのことを聞いています。親切にしてもらってるって。」


そのとき、山口さんは、達之さんがレジ袋に入れた何かをぶら下げているのに気がついた。千代さんも気付いたようで、嬉しそうに尋ねた。


「それは?」


「ああ、いつもの買ってきたよ。一緒に食べようと思って。」


そう言いながら、こちらもうれしそうに達之さんはレジ袋から一つ赤いきつねを取り出して千代さんに見せた。そして、山口さんの顔を見つめながら遠慮がちに誘った。


「買い置き分もと思って、余分に買ってきたから、山口さんもいかがですか。」


仕事中、と気を使ってくれたんだろうな。でもこれ、みんなでちゃぶ台を囲んだら千代さん喜ぶだろうな。山口さんは笑顔で頷いた。



二年後。

千代さんのちゃぶ台は新婚さんのお家にあった。

ちゃぶ台の置かれた部屋に飾られた写真立てには、新郎新婦にはさまれて嬉しそうにしている千代さんの姿。

「私たち、おばあちゃんのちゃぶ台でこれからもずっと一緒に赤いきつねを食べようね。」

「うん。俺と結婚してくれてありがとう。おばあちゃんを大切にしてくれてありがとう。」


これからも、千代さんのちゃぶ台は家族の真ん中に。




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