真ん中にある
@aqualord
おばあちゃんの話
昔のご家庭の真ん中にはちゃぶ台があった。
そう、丸くて木で出来て、家族みんなで囲めるくらい大きくて。
使い込まれて茶色くなって、誰かが何かをぶつけた傷が足についてて。
お父さんが、足の小指をゴンという音がするくらいにぶつけて痛がっているのをみんなが見て大笑いした記憶の、真ん中にちゃぶ台。
大きな古時計よろしく、古い記憶を閉じ込めてしまったちゃぶ台。
「ちゃぶ台には何が似合うのかねぇ。」
もう80をとうに過ぎた千代さんが、介護にきたヘルパーに、ベッドの上から身を起こしながらから問いかけた。
その視線の先には、壁際に追いやられてしまったちゃぶ台。
「すみません、わかりません。」
事務的とは言えない若い女性の声が答える。
「うちではちゃぶ台使ったことがないので。」
千代さんの視線がヘルパーに向く。
こちらの方に背を向けて手際よく何かの作業をしているのは、いつも来てくれる山口さん。
施設の制服でもある薄いピンクのエプロンを着けて、小さなことにもよく気がつくいつも笑顔のヘルパーさんだ。
「そろそろ、物を捨て始めないといけないと思って、たまに捨ててたんだけど。なんか、おじいさんや子ども達の思い出が詰まったものは捨てられなくてね。捨てる前こうなっちゃった。」
千代さんは少し口をつぐんだ。
「大きなものも捨てたんだよ。」
山口さんが千代さんの方に顔を向けた。洗濯した衣類を畳んでいるようだ。
ちらっと柱にかかっている時計を確認して、手を動かしながら山口さんは話しにつきあい始めた。
「へぇ。どんなものがあったんですか。」
「そうねぇ。大きなものでいうと、おじいさんが乗ってた自転車でしょ、子ども達が使ってた勉強机でしょ。」
それ、おじいさんや子ども達の思い出が詰まったものじゃないのかな、と山口さんは思ったが、口には出さずに少し首をかしげて、話を聞いた。
「おじいさんはね。昔、大きな単車に乗っててね。バイク。サイドカーって言うの。横に人が乗れる車がついて、なんか、戦争で乗ってたんだって。そういう部隊にいて、それで戻ってきてから一生懸命お金を貯めて、中古のサイドカーを手に入れて、一緒にいろんな所に行ったのよ。」
千代さんは、少し疲れたのかベッドの上に横になり天井を見つめた。
「そのサイドカーね、大きいでしょ。ずっと大事に乗ってたんだけど、結局おじいさんが、あれいくつの時だったかしら。幸夫の子が自分のバイクを買ったときだから、そうねぇもう70過ぎだったかねぇ。」
幸夫さんといのは、千代さんの長男ときいている。千代さんの話にたまに出てくるが、山口さんが1年近くヘルパーに来てる中で一度も顔を見たことはない。
ただ、おじいさんが一生懸命働いて買ったというサイドカーは、そんなに長く70歳まで乗れないのでは?何度か乗り換えているのかも知れない。千代さんは記憶はしっかりしてる方なんだけどな。
山口さんは、そんなことを思った。
「達之がね。達之は幸夫の子なんだけど、単車欲しがったんだけど、幸夫がどうしてもダメって許さなかったもんだから、おじいさんのとこに来て、幸夫に内緒で置かしてくれって。それで、おじいさんは置き場所を作るのに自分のサイドカーを知り合いに譲ってね。」
洗濯物の片付けを終えた山口さんは千代さんをベッドから起こしてお茶を飲ませてあげた。いつもよりたくさん話したので喉が乾いただろうと思ったからだ。
「ありがとう。…長年乗ってて、壊れたら修理に出して、修理が出来ないっていわれたら、何件もバイク屋さんに電話して修理できるお店を探してね。修理から帰ってきたら最初に私を乗せてお出かけしたのよ。」
ああ、そうだったのか。そのサイドカーはおじいさんと千代さんの絆だったんだ。
「でもね、やっぱり、サイドカーって直接風が吹き込んで寒いもんだから、だんだん年を取ると、お出かけが夏だけになっちゃって。それで達之のこともあって、大事にしてくれる人に譲ったのよ。」
多分、その後、おじいさんは自転車を買って、それは千代さんにとって、絆じゃなかったんだろう。
「それでね、その空いたところに達之が単車…バイクを置いて、しょっちゅう顔出すようになったのよ。」
千代さんはきっとおじいさんと話しするとき、バイクではなく、単車と呼んでたんだな、山口さんはそう思った。
「千代さん、単車、って言って貰って大丈夫ですよ。わかりますから。」
「ありがとう。達之はね、その単車で遠くに出かけて帰ってきて、私とおじいさんにどこに行った、あそこに行った、って教えてくれるの。それでね、決まったように最後は、腹減ったーなんかない?で終わるのよ。」
そう言って千代さんは楽しそうにうふふと笑った。山口さんも自然と顔がほころんだ。
「それでね、達之が来るのが、だいたい金曜か土曜日だから、だんだん、その日のお夕食をね、達之の分まで作っておくの。それでね、ちゃぶ台をおじいさんと達之で囲んで、遅めのご飯をみんなで食べてたのよ。」
千代さんはそう言って、ベッドが置かれている部屋の隣にある居間の、今は何もおかれていない真ん中のあたりに視線をやった。電灯をつけていない薄暗いその部屋は、きっとちゃぶ台を囲んだひととき、煌々と明るかったのだろう。
「それでね。たまに仕事が早くひけて、時間が出来たときにね、金曜土曜じゃなくても来るときにはね、達之が何か食べるもの買ってきてくれるのよ。赤いきつねってあるでしょ。あれを買ってきてくれたときに、おじいさんと私が美味しい、美味しいてっ食べたらそれからずっと。」
おじいちゃんと、おばちゃんと、お孫さんがみんなでちゃぶ台を囲んで赤いきつねを美味しい美味しい、と食べる。山口さんはなにか暖かいものが胸にともったのを感じた。
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