千早、男を磨く。

 おい。


 誰でもいい、俺に『女の子をキュンとさせる方法』を教えてくれないか?


 …………実は今夜、一人の女の子をキュンとさせる用事があってさ。


 その子がもう二度と疑わなくて済むように────不安に思わなくて済むように、キュンキュンしすぎて気絶しちゃうくらいの物凄いやつが知りたいんだ。


 生憎俺はそういう知識を得る機会、っていうのに恵まれないまま年を取っちゃってね。女の子がどうすれば喜ぶとか、全然分からないんだよ。


 いやホント、そんな俺と付き合ってくれるあの子は天使か何かだと思う。だからこそ、絶対悲しませたくないんだ。


 今日だけは失敗出来ない。


 という訳で、俺はコンビニでホスト風の男がでかでかと表紙を飾っているファッション雑誌を購入して帰路についているのだった。





「なになに…………『壁ドン、でどんな女性もイチコロ! 激モテマル秘テクニック!』…………か。いいじゃないか、そういう情報を今一番求めてる」


 表紙に映っている、そのままファンタジーの世界に紛れ込んでも違和感がなさそうな金髪ホスト男は胡散臭さマックスだったが、内容に関しては当たりだったようだ。きっとこの表紙の男も日夜この雑誌に載っているテクニックで女の子を落としているんだろう。

 そのティッシュよりも軽そうな見た目が、今だけは何とも心強かった。


「『女性は刺激に弱い! 壁際に追い詰め、耳元で愛の言葉を囁くのだ!!』…………ふむふむ、タメになるな…………」


 この雑誌に書かれていることは普段の俺の行いの真逆と言っていい。

 つまりそれだけ芽衣ちゃんをキュンキュンさせていなかったということになる。


「そりゃ不安にもなるよな…………」


 こういう雑誌をもっと読んでくべきだった。そうすれば芽衣ちゃんを不安にさせずに済んだのに。


 俺は雑誌に映っている男のポーズを真似してみることにした。


 えーっとなになに…………はいはい、なるほどね。寄りかかる感じで手をつけばいいのか。簡単だな、


 壁に対して正面を向いて、片手を壁につける。

 なるほど、俺と壁の間に生まれたこの空間に芽衣ちゃんがいる、と。これは確かに追い詰めている感があるな。大変よろしい。


「ここで愛の言葉を囁く! ……………………えーっと、何を言えばいいんだ……?」


 俺は壁ドンを解除すると、親鳥に駆け寄る雛の如くベッドに放り投げた雑誌にかじりついた。今の俺はファッション雑誌という親鳥がいなければ何もできない生まれたての雛鳥なのだ。


「お、あるある…………えーっと、『俺の女になれ』……か。いいね、なんか分らんが圧を感じる」


 俺は素早く先ほどの体勢を作ると、目の前に芽衣ちゃんがいることを想像した。

 ここに、ここに芽衣ちゃんの顔があってだな…………。


「……………………あ、何かヤバいかも…………」


 想像すると、何だかこっちがドキドキしてきた。思うだけでドキドキするくらい可愛いんだ、うちの芽衣ちゃんは。


「あー…………えーっと…………お、おお、『俺の女になれ』…………!」


 …………。


 ……………………。


 ………………………………。


「…………いや、何か違うな……」


 誰も何も反応を返してくれるはずもなく、俺の愛の言葉は空しく孤独な部屋に溶けていく。


 はっきり言ってめっちゃ恥ずかしい。


 それはそれとして。


「…………そもそもさ。俺の女になれっていうけど彼氏彼女って意味じゃもう芽衣ちゃんは俺の女なんじゃないか?」


 言う前に気が付くべきだった。

 多分これはまだ付き合ってない段階で言う言葉だと思う。


 ……………………って、まだ付き合ってないのにこんなグイグイいくのか!?


 げに恐ろしきは世のイケメン、と。


「他の言葉は…………」


 同じページを見てみると、いくつか他の候補が載っていた。

 とりあえず全部試してみるか。


「えー…………『お前の全てが欲しい』…………ふふッ……!」


 笑ってしまった。どんな顔で言えばいいのか分からない。


「あとは…………『どこにも行くな』…………なんだこれ?」


 どこにも行くなと言われても今夜の集合場所は芽衣ちゃん家だ。言われずともどこにも行かないだろう。何なら帰るのは俺だ。


「おいおい、大丈夫なのかこの雑誌……」


 にわかに不安になってきた。さっきまで輝いて見えた表紙のホストも、今ではキャッチのボーイにしか見えない。

 とはいえ今はこれしか頼りがないのも事実で。


「『名前を呼ぶのも有効です! 普段ニックネームで呼んでいる人はこれを機に呼び捨てにしてみよう!』…………ほう」


 呼び捨てかあ。


 個人的には女性を呼び捨てにするのって、あんまり得意じゃないんだよなあ。


 というか、人生で一度も女性を呼び捨てにしたことがない気がする。そんな仲になったこともないし。


 かなり仲良くないと、呼び捨ての関係にはなれないよな。


 まあでも、今の俺と芽衣ちゃんは控えめに見てもかなり仲が良いと言っていいだろう。呼び捨てにしても問題はないのかもしれない。試してみる価値はありそうだ。


「……………………芽衣…………おおっ」


 ぞわっとして思わず声が漏れる。


 なんだこれ、何か凄くドキっとしたぞ。


 これはいけるかもしれない。俺は速やかに壁ドン体勢を整えた。


「…………『好きだよ、芽衣』……………………こ、これだ…………!」


 口にした瞬間確信した。


 この言葉には魔力がある。


 何かもう、言った俺がドキドキしてるもん。


 やられた側は胸キュンしすぎて気絶してしまうかもしれない。加減には注意した方がいいかもな。


「好きだよ、芽衣……………………間違いない、絶対いける」


 聖剣の切れ味を再度確かめて、俺は今夜の勝利を確信する。


 待っててね、芽衣ちゃん。いや…………芽衣。


 どこにも行くな。


 胸キュン語録をマスターした俺に、死角は無い。

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