続・発露
「…………俺……?」
芽衣ちゃんの口から発せられたのは、予想外の名前だった。
「あっちの世界で失恋したボクは、こっちの世界でキミを取り戻そうとした」
…………芽衣ちゃんが言っているのはとんでもない話だ。
この目の前にいる芽衣ちゃんは別世界の住人で。
その世界で何と恋をして、失恋して、そしてこの世界に来たと。
芽衣ちゃんはそう言っている。
漫画やアニメじみた、完全にファンタジーに片足を突っ込んでいる話。到底現実の出来事とは思えない。
けれど、俺は芽衣ちゃんの話をもう殆ど信じていた。それは彼氏だから彼女の事は何でも信じてあげたい、とかそういう理由じゃなく。
「…………」
芽衣ちゃんの表情は真剣だった。冗談を言っている雰囲気じゃない。
────なにより、隠そうと膝上に置いた手が僅かに震えていた。
芽衣ちゃんはきっと、今勇気を振り絞っているんだろう。詳しい事情は分からないが、自分に都合のいい秘密を投げ捨てて俺に対して公正であろうとしてくれているんだろう。
その気持ちを、俺は大切にしたかった。
「はじめは何が起きたか分からなかった。気が付いたらキミと出会う前に戻ってた」
芽衣ちゃんはゆっくりと深呼吸をした。指先の震えが和らいでいく。
「やり直せる────そう思った。今度は絶対に失敗しない。キミに気持ちを伝えて好きになってもらうんだって」
俺は芽衣ちゃんの話を聞いて、パズルが嵌っていくような心地のいい感覚に襲われていた。
思い出すのは遥か昔。初めて会った会議の時だ。
あの時は確か、芽衣ちゃんからいきなり話しかけられて半ば襲われるくらいの勢いで連絡先を交換したんだ。千早くん、といきなり名前を呼ばれたような記憶もぼんやりと残っている。初対面なのにぐいぐい来るなあ、と思ったんだ。俺は別にイケメンでもなんでもないのにだ。
それが元々知り合いだったというのであれば理解は出来た。少なくとも、あの初対面の瞬間に俺に一目惚れしてアタックしてきたという可能性よりは、別世界で知り合いだったという方がまだ俺には信じられるのだった。
「それでだったんだ。初めて会った時、凄く積極的に来るなあってびっくりしたのを覚えてるよ」
「あはは、あれは流石にちょっと無理があったよね…………。世界が変わっても全く変わらない千早くんの姿をみたら嬉しくなっちゃって」
芽衣ちゃんは頬を赤く染めて苦笑いを浮かべる。
「でも、嬉しかったよ。そっちの世界の俺はどうなのかは分からないけど、こっちの俺は女の子に好意的に接される事なんてほとんど無かったから」
俺の言葉に、芽衣ちゃんは驚いた表情を浮かべた。
「信じてくれるんだ」
「嘘を言っているようには見えないから。…………それとも冗談だった?」
芽衣ちゃんはどこか諦めたように、もしくは自嘲気味に呟く。
「…………やっぱり千早くんは優しいや。その優しさに、甘えちゃったなあ」
芽衣ちゃんが何を考えているのか俺には分からない。言葉が紡がれていくのをただ待つしかなかった。
「とにかくそんな感じでさ、ボクは千早くんと仲良くなることが出来た。家にも遊びに行くことが出来た────あの賭けはゴメンね。答え、知ってたんだ」
賭け────俺と芽衣ちゃんは一つの賭けをした。負けた方は勝った方の言うことを何でも一つ聞くこと、そういう約束だった。芽衣ちゃんはその賭けに勝利して、結果俺の家に遊びに来たんだった。
その賭けの内容は────俺の好きなバーチャル配信者を当てること。俺は当たるわけないと思っていた。バーチャル配信者はたくさんいるし、こおりちゃんはまだ真っ先に名前が出るというくらいには有名ではないからだ。
けれど芽衣ちゃんは正解した。俺がこおりちゃんのファンだということを知っていたんだ。
「毎日が幸せだった。ボクが喉から手が出るほど欲しかったものがもうすぐ手に入る────そう思った。でも、ボクにはもう一つやらなきゃいけないことがあったんだ」
「…………やらなきゃいけないこと?」
「────MMVC。ボクはこおりちゃんと姫にリベンジしたかった」
「リベンジ? というと…………」
「負けちゃったんだ。それも、ボクのせいで。バレッタは頑張ってくれたけど、それでもギリギリ勝てなかった」
ことエムエムにおいてこおりちゃんの上手さはレベルが違う。バレッタも上手いけど、こおりちゃんはプロと遜色ない腕前なんだ。負けてしまうのも仕方ないことだとは思う。
「────MMVCで優勝して、千早くんに告白する。そう決心した。過去を全て清算して幸せになるんだ、ってね」
芽衣ちゃんが小さく息を吐く。その瞳がどこか悲しげなのは…………そのリベンジが叶わなかったからか。
「結果は…………千早くんも知っての通り。未来を知っていてもこおりちゃんには勝てなかった。ホント、惚れ惚れするくらい強かったよ」
芽衣ちゃんは少し笑った。楽しいから笑っているわけじゃないことは俺にも分かった。
「────終わったと思った。リベンジも果たせず千早くんに告白する機会も失って。結局同じなのかって。変わらないのかって。そう思ったら、目の前が真っ暗になった」
俺はただ黙って続きを待っていた。
「そんな時────そう、キミが来てくれた」
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