仕事で出会った女の子が俺が激推ししている大人気バーチャル配信者だった
「またバーチャル配信者を宣伝に…………ですか!?」
ある日の事。
課長はふらっと俺のデスクに来るとまるで何でもないことのように大ニュースを持ってきた。
「おう。ほら、この前うちとコラボした動画がミーチューブに上がっただろ? あれ評判いいみたいで、早速次の企画が立ち上がってんのよ」
「へえ、そうなんですね」
そういえば姫とありすちゃんとバレッタの動画上がってたな。おススメ欄に表示されていた気がする。動画自体は最終的にうちの社員が確認しているはずだけど、俺は打合せまでの担当で成果物までは確認してないんだよな。だから内容は知らないままだ。まあ多分よくある宣伝動画だろう。
「で、次は誰とコラボするんですか?」
またありすちゃんだったりするのかな?
もしそうなら今夜話題に出してみよう。
「それが今回は向こうが決めたいんだってさ。こっちもバーチャル配信者に詳しいわけじゃないから、人選も含めてまるっとお願いする形になった。勿論多少条件は付けたけどな。登録者数とか」
「…………なるほど」
それじゃあまだ誰かは決まってないんだな。話くらいはいっているかもしれないが。
「で、その件なんだが。立ち上がりからお前に任せようと思うんだが、スケジュール大丈夫か? 向こうの担当者は変わらないからその方が色々やりやすいと思ってさ」
そう言うと課長は少し申し訳なさそうにする。
…………わざわざ俺に伝えに来るからそういうことだろうとは思った。
向こうの担当者というと姫のマネージャーの平田さんか。しっかりしてて一緒に仕事がしやすい人だったな。
「作業量的には…………大丈夫だと思います。今は特に忙しくないので」
「そうか助かるよ。じゃあ詳細メールしとくからあとよろしく!」
「わかりました」
課長は今日の仕事はもう終わりだと言わんばかりの軽い足取りで自分のデスクに戻っていった。
少しすると、課長から詳細メールが送られてきた。
「…………」
内容的には前回と似たような感じだった。向こうとも面識あるし特にトラブりそうな要素もない。
誰とコラボするのかが気になるくらいだ。
…………そういえば、前回は「バーチャル配信者に会える!」ってめちゃくちゃ緊張していたっけ。緊張しすぎて吐きそうになったのを覚えている。
「…………それがまさか、こんなことになるなんてなあ」
そんな緊張も今や過去のものだ。
今はバーチャル配信者と仕事が出来る、となってもテンションが上がったりしない。
何故なら…………そのバーチャル配信者の一人と俺は付き合っているから。それもトップクラスに人気のある人だ。本当に俺には勿体ない幸せだと思う。
『今日配信ないから、うちで遊ぼ?』
スマホを確認するとその彼女からメッセージが入っていた。
…………最近は芽衣ちゃん家にお邪魔することが増えた。というのも芽衣ちゃんが頻繁に俺を呼ぶのだ。今では自分の家にいる時間の方が少ないくらいだった。
「…………よしっ!」
俺は了承の返信をすると、残りの仕事に向けて気合を入れなおした。
◆
「…………でメモさん。結局誰にするんです? メモさんが決めさせてくれって言うから、そういう形で向こうに打診したんですよ?」
「んーーーーーーーー、そーーーだなーーーーーーー…………」
この通話何度目かの質問をマネージャーに繰り返され、私は歯切れ悪く言葉を濁すことしか出来なかった。
この前宣伝動画を出した会社からまた仕事の依頼が来て、とりあえずメンバーの一人は私で、ということになった。
私はとあるやりたいことがあって『宣伝する残りのメンバーをこっちで決めさせてくれ』とマネージャーの麻理ちゃんに頼んだのだった。
…………けどなあ…………。麻理ちゃん、これ言ったら絶対怒るよなあ…………。
麻理ちゃん怒ると怖いんだよなあ…………。最初はどんな無茶振りにも首を縦に振ってくれたのに、一体いつからこんな強かになってしまったんだろう。
まあでも、言ってみるしかないか。麻理ちゃんならきっと何とかしてくれるっしょ。
「…………麻理ちゃんさ、怒らないで聞いてくれる?」
「何ですか? あと麻理ちゃんは辞めてくださいといつも言っていますよね? 平田でお願いします」
「…………ヒラタサン」
「はい」
「…………あんさ、それ……社外の人とコラボしたい、って言ったら…………どう?」
「……………………は…………?」
麻理ちゃんは私の言っている意味が理解出来なかったようで気の抜けた声を出した。
まあそうだよね。そういう反応になるよね。分かるよ。
「…………因みに、誰ですか」
けれど、麻理ちゃんは私が想定した時間のおよそ半分で立ち直った。流石麻理ちゃん。
「こおりちゃん。条件的には大丈夫だよね?」
資料に書かれていたメンバーの条件は『登録者数五十万人以上』と『直近一か月の平均視聴者数一万人以上』というものだった。こおりちゃんはそのどちらも余裕でクリアしているし、今はバーチャリアルの配信者と比べても勝るほどの勢いがある。宣伝ってことなら何の問題もないとは思うんだけど。
「それ、仮にオーケーだとして向こうは大丈夫なんですか?」
「まだ話してないけど大丈夫だと思うよ。何度も企業案件受けてるし」
「まだ話してないんですか……」
画面の向こうで麻理ちゃんが絶句している姿が容易に想像できた。ほんと、毎回ごめん。
スピーカーからカチッカチッというマウスのクリック音が聞こえてくる。資料を確認しているのかな。
「うーん…………確かにウチの配信者からとは書いてないですが。…………向こうの担当者に確認してもいいですか?」
「お願いできる?」
「分かりました。全く、私以外のマネージャーが三日で逃げ出す理由にそろそろ気が付いて欲しいですね」
「あはは、ゴメンって」
本当、申し訳ないとは思ってるんだよ?
その分稼いでお給料に反映してもらうから…………許して! この通り!
「
何だかんだいいつつも麻理ちゃんは交渉モードに入ってた。頼もしいマネージャーだよホント。
◆
出社してまずやるのはメールチェックだ。
大抵、十通くらいメールが溜まっている。内容は自分宛の重要なものだったりグループ全体宛のあまり関係のないものだったり。受信時間を確認すると日付が変わっていたりして、想像するだけで胃が痛くなる。毎日お疲れ様です。
メールというのは面倒事を運んでくることの方が圧倒的に多く、それ故にメール確認作業というのは基本的に憂鬱な業務だ。社会人なら分かってくれると思う。上司からのメールとか、開くの若干怖いよな。
けれど、最近の俺はその憂鬱な作業が少し楽しみになっていた。
バーチャル配信者とのコラボ案件。
その相手が誰になるのか、そろそろ向こうから連絡があるはずなんだよな。
コラボするとなれば前回同様に初回の打ち合わせで顔を合わせることになる。
こちらが出している条件的には本当にトップ層の有名バーチャル配信者が来るはずで、やはりそういう有名人の中の人に会えるというのは楽しみなのだった。
…………因みにこの話について芽衣ちゃんには聞いてない。いくら芽衣ちゃんがバーチャリアルのタレントとはいえ、コンプライアンス的に聞くのはまずい気がした。
「…………お」
噂をすればバーチャリアルからメールが来ていた。
俺は素早くカーソルを合わせると、逸る気持ちを抑えてメールをクリックした。
「………………………………え」
俺はそのメールに書いてある内容がすぐ理解できず、三回読み直した。
何度読んでも内容が変化することはなく、要約すると平田さんからのメールはこう言っていた。
「こおりちゃんに…………会える…………?」
心臓が大きく跳ねる。体中から汗が噴き出す。
────何故か、芽衣ちゃんの笑顔が脳裏に浮かんだ。
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