運命の弾丸

『皆さんこんばんは。氷月ひゅうがこおりが午後七時をお知らせ致します。今日も私の配信に来てくれてありがとう。今日は大会前最後のエムエム枠です』


 耳に馴染んだ甘い声。

 第二回MMVCを明日に控えたある日、俺はいつものようにこおりちゃんの配信を観ていた。


 いや、いつものようにと言っても最近はありすちゃんの配信も観ているから以前より頻度は減ってしまっている。芽衣ちゃんと遊ぶことも増えたし。

 こおりちゃん一色だった生活が今はこおりちゃんと芽衣ちゃんの二色になっているという感じだ。


 突然なんだが、この生活になって気付いたことがある。打ち明けるのは恥ずかしいんだが聞いてくれ。


 言うぞ。一回しか言わないからよく聞いてくれ。


 ────多分、俺はこおりちゃんに恋していたんだと思う。


 …………何を言ってるんだって?


 そうだよな。笑うよな。俺もそういう人達とは違うとスカしてたから気持ちはよく分かるよ。

 バーチャル配信者に本気で恋するのなんて馬鹿げてるよな。付き合える訳もないのにさ。


 でも、芽衣ちゃんと知り合って仲良くなっていくうちに、こおりちゃんの配信を以前より熱心に見れないことに気が付いたんだ。


 …………いや、楽しいんだよ。心も身体も癒される。それは変わらない。


 でも、何かが違う。それが何かは分からないけれど、芽衣ちゃんと知り合う前とは決定的に何かが変わってしまった。何か、熱、のようなものがゆっくりと冷めていくような。


 それについて、俺はずっと悩んでいた。

 こおりちゃんの事を応援する気持ちは少しも薄れていない。なのに何故心が動いていかないのか。


 その答えが最近やっと分かった。


 きっかけは────この前の花火大会。


 ベランダに二人並んで夜空に咲く満開の花を眺めた。会話はあまり無かったけど、その分芽衣ちゃんの存在を近く感じられた。


 芽衣ちゃんは俺に一つのお願いをしてきた。明るくていつも笑顔の芽衣ちゃんがやけに真剣な表情で頼んできて、彼女の中でとても大切なことなんだというのが分かった。


 …………その時だった。


 月明りの下で不安げに俺を見て笑う芽衣ちゃんを見ていたら、突然その答えにたどり着いたんだ。俺はこおりちゃんに恋していたんだって。


 ────そして、今は違うんだって。





 第二回MMVCはボクの記憶通りの展開になった。

 最終戦を残し、ボクたちのチームが一位。こおりちゃんと姫のチームが僅差で二位。


 そして…………最後に残ったのもこの二チーム。


「バレッタ、ビルの上に誰かいる! 多分こおりちゃんだ!」


 ボクはあの時と同じセリフを吐いた。まるであの時の映像を再生しているみたいに何もかもが同じ。

 もう間もなく第二回MMVCはこおりちゃんと姫の優勝で幕を閉じるだろう。


「とりあえずビルに隠れるね!」


 ────運命の思い通りになんて、させない。

 ボクはこおりちゃんに勝って千早くんに気持ちを伝えるんだ。

 あの時踏み出せなかった一歩を、今度こそ。


「バレッタどうする!? 多分向こうはこっちに気付いてる!」


 興奮と緊張がないまぜになって頭はオーバーフロー寸前状態。本当は不安も混ざっているけどそれは見ないフリをする。手の震えは果たして武者震いかそれとも。


 …………千早くんの声が聴きたいな。


 ああもう、意識するな。意識すれば心細くなる。

 突如湧き上がる衝動をボクは必死に掻き消す。


 あの時と違って今は千早くんが隣にいない。その事がどうにもボクを不安にするのだった。


「了解! 合図頂戴ね!」


 もえもえの作戦は姫を狙い撃ちすることだった。一般にフォーカスと呼ばれる作戦だ。

 狙う相手を決めていっせーので撃つことで一瞬で相手を一人倒し、強引に人数有利に持っていける効果がある。エムエムは人数有利が最も強いゲームだから、成功すればそのまま勝負を決することが出来る。


「…………」


 配信中だというのにボクはロクに喋ることも出来ず画面上のタイマーを睨みつける。


 このタイマーがゼロになれば安全地帯が縮小する。戦う範囲がどんどん狭くなっていくのだ。

 ボクたちのいる場所は次のエリアに入っている。つまり移動する必要がない。


 でも、こおりちゃんと姫がいるビルは入っていない。つまり……向こうはもう間もなくビルから出て外を移動しないといけないんだ。そこを狙い撃ちにする。


「分かってる。いつでも撃てるよ!」


 喉は緊張でカラカラになっていた。プレッシャーで押し潰されそう。でもやるんだ。絶対に負けたくない。


 タイマーが残り五秒を示した。


「……………………っ!!!」


 ビルから飛び出る影が二つ。彼女たちを倒せばこの長かったMMVCも終わり。


 咄嗟に姫のキャラに照準を合わせて────ボクは夢中でトリガーを引いた。


「…………アーマー割った! 二十! 四十五! ナイスナイスナイスっ!」


 ボクともえもえの二人の射撃を浴びて姫は次の建物に入る直前にダウンした。作戦が成功したんだ。


「詰めるの!? 了解!」


 もえもえの次の作戦は突撃だった。きっと姫を蘇生されることを危惧したんだろう。


 建物から飛び出してこおりちゃんに驀進していくもえもえの背中を追いかけながら、ボクは「あの時と真逆だな」なんて考えていた。

 あの時はもえもえに突撃していくこおりちゃんと姫を眺めることしか出来なかった。


 今は違う。ボクたちがこおりちゃんを追いつめているんだ。


 こおりちゃんが逃げ込んだビルに突撃するボクとバレッタ。

 足音が近い。絶対同じ建物にいる。


 どこなの。


 早く楽になりたいよ。


「…………っ!? 危ない!!」


 突然物陰から飛び出してきたこおりちゃんがもえもえに向かってマシンガンでダメージを与えていく。

 焦って操作が乱れてしまうけどこっちは二人。ボクはこおりちゃんに向けて銃を乱射した。


「ああもう! 全然当たらないんだけど!」


 このゲームこんなヘンテコな動きが出来るの!?

 こおりちゃんは不可解な動きで弾を避けていく。


 まともにダメージを与えられないままもえもえは倒されてしまった。


「分かった!」


 窓から飛び出して逃げるこおりちゃんを全速で追いかける。もえもえの報告は「あとちょっとで倒せる」というものだった。こおりちゃんは体力が少ないから一度逃げたのだ。ボクの体力はほぼ満タン。これだけの体力差があれば実力差があっても殆ど負けないはずなんだ。


 こおりちゃんはまるでサーカスみたいに軽快な動きでビル街を移動していく。ボクはそれを見失わないように必死についていく。


 やがて、安全地帯の端っこのビルまでたどり着いた。丁度ビルに逃げ込むこおりちゃんの背中が見える。


 ────もう逃げられない。


 ボクは跳ねる心臓を必死に抑えつけて、前進キーに力を籠める。


 …………もう少し。

 あと少しで待ってるんだ。ボクの欲しかった世界が。


 ────待っててね、千早くん。


 ビルのドアを勢いよく開ける。アドレナリンが脳を支配して全てがスローモーションに見えた。


 スローモーションの世界でボクの目が捉えたのは────忘れもしない、スナイパーライフルを構えながら壁を蹴って飛び出してくるこおりちゃんの姿。


「────え」


 あの時と同じ、空に抜けるような乾いた音が────零距離でボクの頭を撃ち抜いた。

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