普段から綺麗にしていれば焦ることはない
ガタンゴトンと不定期に揺れる座席に背中を預けて、ボクは何とはなしに車内モニターを眺めていた。
…………ちょっと生活圏を離れるだけで全然知らない駅が出てくるんだなあ。ボク、あまりお出かけとかしないから結構生活圏狭いんだよね。なんだか遠足みたいでワクワクしてきたかも。
「…………」
千早くんと付き合うことになったら、この辺も馴染み深い駅になるのかな。
そんな考えが頭をよぎり、ボクは思わずにやけてしまった口元をさっと手で隠した。広がろうとする口元をぎゅう、と掴んで何とか真顔に整形する。あやうく変な人になる所だった。
いくら今から千早くんの家に行くからといって、こんなに浮かれるのは何だかボクらしくない。これでは初デートに向かう女子高生みたいではないか。初心もいい所だ。
とはいえ、経験で言えばそわそわしながら駅前で初彼氏の姿を探す高校一年生と大差ないのも事実で。
恋、と呼べるような経験は千早くんが初めてなのだった。
…………別に中学高校大学と、異性と交流が無かった訳ではない。
中学生の頃は仲がいい男の子がいた気がするし、高校生の頃は何度か告白されたこともある。大学でもそうだ。
サークルやゼミの人らとコンパや旅行に行ったりと人並みに異性と接してきたはずだ。そこそこ人気があった自覚もある。ボクは結構周りの空気を気にするタイプだから、そういう異性からの空気に敏感だった。昨今流行りの鈍感系主人公の真逆と言っていい。…………例えば千早くんみたいなね。
だけど、そんな中でも恋に落ちることはなかった。
どうやらボクは見た目だとか性格だとか、そういう世間一般的に評価されていることがどうでもいいみたいで、例えば大学三年生の時に文化祭でミスターコンを獲った後輩に壇上で告白された時も、バイト先でお世話になったどこだか忘れたけど有名大に通っている先輩に告白された時も、いまいちピンとこなかった。
周りからは「勿体ない」「どんだけ理想が高いんだ」と散々言われたけど、何故だかその人たちと付き合うビジョンが浮かばなかったんだよね。
ボクにとっては「一緒に居て気が休まるか」が何より重要で、そういう意味ではその人たちはギラギラし過ぎてて隣を歩くには少し疲れてしまうんだと思う。ボクはどんなコミュニティでも結構キャラを作ってしまうタイプだから、それを見て好きになった人に今更本性なんて出せないしね。
そんなこんなで、恋愛をするには少し難儀な性格をしてるなあなんてのほほんと構えていたら、いつの間にかいない歴イコール年齢の二十三歳が完成していて。
一回くらい適当に付き合っておけば良かったかなーなんて後悔した夜もある。というか最近は特に思う。
異性へのアプローチの仕方をマスターしていれば、ボクはあの時泣かなくて済んだかもしれなかった。
変に奥手ぶって一歩踏み出すのを躊躇ってしまったのは、ボクに異性経験が乏しかったからに違いないんだ。
ただ千早くんの家に行くだけだというのに、こうして心臓の鼓動が聞こえてきそうなほどドキドキしてしまっているのも…………きっとボクが恋愛に慣れていないせい。
ああもう、うるさいな。はやく大人しくなってよ。
「…………ふぅ」
大きく深呼吸をすると、少しだけ動悸が治まった。焼け石に水くらいの効果はあったらしい。
ボクだけこんなにドキドキして、なんか悔しいな。
千早くんはボクのことどう思ってるんだろ。
同じようにドキドキしながら待っててくれてるかな。
『次は〇〇駅~〇〇駅~』
車内アナウンスが知らない駅への到着を告げる。
千早くんの住んでいる所まではもう少しかかりそうで。
ボクはぼんやりと車内モニターを見続けるのだった。
◆
女の子が遊びに来る。
おい。
やばい。
女の子がうちに遊びにくるんだが!?
心がざわついて早朝に目が覚めた俺は、朝から慌ただしく部屋中を掃除しているが、一向に「これだ」という雰囲気にならない。
その理由は一目瞭然で、そもそも俺の家は人を呼ぶような感じになっていないんだ。
ローテーブルもなければソファもない。あるのはパソコンデスクとベッドだけ。
「どうすりゃいいんだ…………」
芽衣ちゃんにどこに座って貰えばいい?
床か……?
出しっぱなしにしていた衣服をクローゼットに無理やり押し込んで、更に二時間かけて床を掃除したから一応綺麗にはなっている。
でもダメだった。
何故ってクッションがない。
流石にフローリングに座って貰う訳にはいかないよな……。
「うーん…………」
となるとゲーミングチェアかベッドしか選択肢は無いわけで。
芽衣ちゃんがベッドに座る……?
想像して、すぐにヤバいと気が付いた。何故だかその組み合わせは俺の心を強烈にざわつかせた。
ああ、落ち着かない。朝から全く落ち着きやしない。
「…………」
うろうろと部屋の中を歩き回る。
人間は歩いている時に物事をひらめきやすいと聞くが、残念ながら俺の心を落ち着かせられるほどのアイデアは全く思い浮かばず。
ああもう今からクッションでも買ってこようかな。散歩でもして気持ちを落ち着けたい気もするし。
そう思い玄関に向かって一歩踏み出したその時。
ピンポーンとチャイムが鳴り、心臓がドクンと一際大きく跳ねた。
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