そして退屈な部長会を終えて教室に戻ると、桃とつかさがトランプで遊んでいた。


 スピードをしている最中だったみたいで、きびきび手を動かす二人を手近な席に座って眺める。


 教室には他のクラスメイトの姿はなかった。運動部の子が多いクラスだからなのか、それともたまたまか。

 隣の教室からは明らかに大人数の、明るい話し声が聞こえてきていた。


 戦況は見た感じ白熱しているみたいだった。二人とも体育のときくらい動きが俊敏だ。


 自分の席に座った栞奈はというと、部長会で渡された資料に目を通していた。


「あ、これ終わったじゃん」


 というつかさの声で、勝負が決したことに気付く。


 手に汗握る戦いどころではないくらい熱い勝負だったみたいだ。つかさは手だけでなく額に汗を浮かべている。

 それをコートの袖でぐいぐいと拭い、ペットボトルのお茶を一口。そんで「もっかい!」と胸の前に人差し指を立てる。


「……てか、どうして暖房入ってるのに厚着なの?」


 まあ私も思っていたことだけど、栞奈が呆れ口調でつかさに問いかける。


「二人を待ってたんだよ。すぐ来ると思ってたから、着たまま」


「あれ、私つーと帰る約束してたっけか」


「ん、してない。でも四人全員休みなんだから遊びたいじゃん?」


「それなら前もって言ってくれればよかったのに」


「約束しなくたって遊べるのが友達じゃん?」


「まあ、そうね」


 面倒になったのか同意したのか、栞奈はつかさに向けて頷く。

 ふっと笑ったつかさは、今度はちらりと正面の桃に目を飛ばしてまたにかっと笑った。


「で、おふたりさんが持ってるそれはなんなの?」とつかさは資料を覗き込んでくる。


 今日の議題? 話題? は年度末に出される文集についてだった。

 部長が各部の紹介と活動報告などについて書くもので、去年は先代の、三年の先輩たちにお願いをして私はやらなかった。


 大半の部活は、見開き程度書いていたけれど、お察しの通り園芸部は数行だったような記憶がある。

 めぼしい活動をしていなかったから仕方ない。私はまず部活自体にそんなに顔を出していなかったから、当時の実態についてはよく知らないのだが。


 ただそれが影響したのか否か、「ちゃんと書いてくださいね」と文集担当の生徒が言ったときの視線は、私に注がれていた気がした。


「おとなのまねごと」と小学生に何かを教えるように言って、栞奈は紙をファイルにしまう。


 たしかに、そう形容するのが丁度いいかもしれない。

 こういう表現は栞奈らしい。語彙力……表現力の差かな?


 それに対して「へー、なんか難しそうだね」とつかさは興味なさげな棒読みで返答する。そして、


「最初はババ抜きして、すぐ飽きて、今度はスピードしてたんだけど、わたしが弱過ぎてねぇー」


 と、あっさり話を終わらせて、切り終えたトランプを私達に向けて差し出してきた。


「栞奈これから暇っしょ? 人数多かったら大富豪できるし、やろやろっ」


「いいよ。下校時間までね」


「わかってるって。んでふゆゆは?」


「あぁうん。参加しまーす」


「よしきた! じゃあまずルールの確認からはじめよ。大富豪はいろいろとローカルルールが多くてやんなっちゃうからねー」


 ようやくつかさは上着を脱いで、ぺらぺらとルールの説明をし始めた。

 まあなんかいろんなことを言っていたが、やっていくうちに分かってくるだろうと聞き流す。


 手持ち無沙汰を誤魔化すようになんとなく桃の方を見ると、桃の方も私を見ていた。

 暇つぶしにじぃっとそのまま見続ける。すると、「そこ! 見つめ合わない!」というつかさからの謎の指摘が入る。


「仲良し二人組で逸らしちゃだめゲームでもやってんの?」


「やってない」


 否定したのは私だけだった。桃はくすくす笑っている。


「じゃあふゆゆはわたしともやってみよう」


「いや、やってないって言ったんだけど」


「いいからいいからー。はい、すたーとぉ」


 ぱち、と手を打ち鳴らして、つかさは私を見てくる。

 なんだこれ、と少しためらいながら、まあしょうがないなと付き合うことにする。


 数秒後、つかさはへらーっと笑いながら目を逸らした。


「……え、はやくない?」


「んー……なんというかー、恥ずかしくなった」


「あぁそう」


「逆にきみたちよくこんなに恥ずかしいことできるな」


 前髪をくいくいと弄りつつ、つかさは桃と私に、気持ち桃に対して多めに視線を飛ばす。

 その桃が頷いて、机に肘をつけていた私の腕をつかまえて、つかさの方へと掲げながら言った。

 

「つーちゃんがすぐ逸らしちゃうのは、ふゆが相手だからじゃない?」


「えー? あーまぁ、その可能性もある」


「ためしにわたしとやってみる?」


「やってみる」


 言葉通りに二人は見つめ合う。ちなみに私の腕を掴んだままで。数十秒経っても逸らすことなく。

 そして実験成功だとばかりに二人は笑って、すぐに私にも笑いかけてくる。


「ふゆゆがべりきゅーとなのが原因でした」


「なにそれ」


「慣れてるつもりだったけど、なかなか修行が足りないなーわたしは」


「……」


 大真面目な顔でつかさはうんうん頷く。どういうことなのか、正直いって掴めない。……まぁ、べつになんでもいいようなことだ。


 ぱっと手を離した桃は、「ごめん。つい無意識で」となぜか謝ってくる。あぁいやべつにという意味を込めて手を振ると、「さすが仲良し二人組」と栞奈が言ってくる。


 桃と私が特にってわけでもないだろうし、仲良し四人組でいいんじゃないかな? という疑問は持ったけれど、会話の流れからして間違いではないし口にはしなかった。


 大富豪が始まると、ああこんなルールもあったな、と思いながら楽しめた。

 細やかな記憶はないけれど、覚えている限りでは小学校の時以来だった。こういうトランプゲームなんかは、たまにやると楽しい。


 つかさは自分の番がまわってきたらあまり考えずに持っているカードを出す。そのせいで最後に禁止あがりカードしか残っていなかったりして、ほぼ自滅する。

 栞奈はパスを多用してると思ったら、いつの間にか親を取り、一度に多くの枚数を出してターンを継続して、一抜けしている。一戦前の勝ち方なんてもはや芸術的。


 その二人で大富豪と大貧民は決まっていて、間の桃と私の順位が入れ替わる感じで、何戦か終える。富める者はさらに富み、貧する者はさらに貧する、という感じだった。


 それから小休憩を挟みつつ大富豪を続けて、四枚の六で革命を起こしたつかさが一抜けするとほぼ同時に、下校時刻を伝えるチャイムが鳴った。気付かないうちに、もう十八時過ぎになっていた。


「わたしの勝ちで終わりー。気分いいなー」


「つー、勝ち逃げはずるい。もう一戦」


「えー? 下校時刻までって言ってたのは栞奈じゃん?」


 初めて大富豪になったつかさが栞奈を煽る。前から思ってたことだけど、栞奈は勝負事にけっこうこだわるタイプらしい。

 また今度やろうね、とみんなで言いながら下校の準備をする。その間も、つかさは勝てて嬉しそうな様子だった。


「つぎはわたしが大富豪スタートな」


「はいはい。ははー、つー大富豪さまー」


 仲良し二人組ってこっちのことを言うんじゃないかな。


 見回りの先生が電気を消しにきたので慌てて校舎から出ると、外は思いのほか寒く背が縮こまった。


 握り拳をつくって息を吹き込み、手を擦り合わせながら歩く。「じゃ、私らバスだから」と栞奈がつかさと一緒に反対方向に進んでいく。


「私ら仲良し二人組も帰ろっか」


 何の気なしに言うと、桃の肩がぴくと跳ねた。そして、わずかに顔がふにゃっと緩む。

「う、うん」と目を逸らしながら返答してくる頃には、もう元に戻っていたけど。


「ごめん。よく考えたら恥ずかしいね」


 校門から少し歩いたところにある信号で足を止めて、桃の顔を覗き込みながら言う。そりゃみんなの前と二人きりとでは違うか。

 わたしらなかよしーわーわーって感じでもないし。お互いに。


「や、うれしいなって、思って」


 けれどこちらを向いた桃の表情は、また柔らかなものになっていた。素直に喜んでくれているみたいで、私も言葉面だけだった恥ずかしさを実感して、頬のあたりが熱くなる。


「ふゆ、照れてる?」


「えぇと、うん」


「ふふふ、言ってきた本人が照れるなんて、面白いね」


 桃はちょっと困ったように笑う。その通りだった。


 歩いているうちに、さっきまでの凍てつくようだった寒さにも慣れてくる。ここらへんは市街地で街灯はあるけれど、秋と冬の境あたりの空は澄んでいて、目を凝らさなくとも星が光っているのが見える。


 星の名前とかを知っていれば、そういう話をできるのにな。まぁ単純に星綺麗だねって感じでもいいと思うけど。


「あっ……と、もう着いた」


 そんなことを考えているうちに、駅は間近まで迫っていた。いつもより早く感じたのは気のせいか。


「着いたね」


 と歩いている間ほぼ無言だった桃が頷く。


 それじゃあ、と言いかけたところで、


「ねえ、ふゆ。あの……」


 少し迷ったような小さい声で呼び止められる。

 言葉の続きを待っていたが、何か緊張しているような、ともすれば言葉を探しているような間が空いた。


「うん。何?」と桃の顔を見ながら聞き返す。


「えっと……明日は部活?」


「え、部活? 行こうとは思ってたけど、何かあるの?」


「あぁその、えっと、明日も一緒に帰りたいなぁって」


 もっと他のことを言うのかなと思ったから、少しだけ拍子抜けした。てっきり、これからご飯行こうとか、またこの前みたいにぶらぶらしようとか、そういうのかと。


 一緒に帰ろう、と誘うなら明日でもいいのに。ていうかまず断らないのに。

 まあでも、私から誘うかっていうとそれはなかっただろうし、それ以前に、誰かを誘う時って、どんな内容でも緊張するよねと勝手に納得した。


「ならこの前みたいに、また部室に来てよ。そのあと一緒に帰ろう」


「わかった。じゃあ……また明日ね」



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