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商業施設の入ってすぐの場所にフードコートがあったので、ちょっと周ってからここで軽食をとろうと決めて館内をぶらつくことにした。
壁に貼られているフロアガイドをちらっと見ると、二階はファッション関係、三階はアミューズメント系など、階数ごとに大まかに店の系統が分かれているみたいだった。
桃は迷いなく三階まで上がった。今の時間というのもあって、フロアはそこそこ混雑していた。
少し歩いたところで、「もしかして初めて?」と桃が足を止めずに振り返る。
「お恥ずかしながら」
「ふゆはあんまり出歩かなそうだもんね」
「まあね。てことで案内よろしくね」
「うんうん。わたしもそのつもりだったから、任せて」
エスカレーターから歩いてすぐのところにある、ゲームセンターの前を通る。
私たちと同じ制服を着ている生徒の姿が見える。他の学校の人もいるけど、こういうときはなんとなく目につくものだ。
暇をつぶす目的ならそうだろうと足がそちらを向きかけていた。が、桃の目当てはゲームセンターではなかったらしい。
そこも通り過ぎて、割と大きめの本屋の前まで来た。
「参考書をちょっと見たいんだけど、いい?」
「いいよ。……て、桃。もしかして受験用?」
「そういう感じ」
「わーまじめだ」
「格好だけでも受験しますよ感を出したくて」
「ああ。そういうところから差が付いていくのね」
「いや、いやいや、ふゆとわたしの成績そんな変わらないし……ていうかむしろふゆの方がいつもちょっとずついいじゃん」
「そうだっけ?」
「そうだよー」
恨めしげな視線が飛んでくる。
参考書コーナーに着くと、桃はどちらかというと苦手だという理系科目の参考書をパラパラと見始めた。
大々的な帯に辟易しながら同じものを手に取る。ちょっと読んですぐに戻すくらいには、何が書いてあるのかさっぱりだ。
「でも私、受験するかどうかはまだ決めてないんだよね」
「え、ほんと?」
桃の表情が一瞬にして凍る。
そんなに驚くことなのかと思う。
「それってつまり、卒業したら働くってこと?」
「んーまあ、そうなるね」
そりゃニートするってわけにもいかないだろう。
高校は何の気なしに入ったけれど、それだって多少なりとも思うところはあった。だから、その先は私にとって手に余るようなものである気がしてならない。
やりたいこととかないし。これから先、受験までの一年ちょいでそれを見つけられるとは思えない。
勉強しない理由をそういう風に作り出している……わけではないと思う。考えられていないだけ。でもそれはきっといつまで経っても変わらない。
「どっちにしろ、ちゃんと考えたうえで決めないとね」
「そっか。やっぱりふゆって真面目だよね」
「そう?」
「だってわたしはなんとなく自分は進学するんじゃないかなって思ってたし、わたし以外でも結構な人がそうだと思うから」
「……んー、そっか」
結構な人。つまりそれが普通なのかな。
聞かれたことにちゃんと答えようとすると、自分が普通から外れていることに気付かされる時がある。
つかさが言っていたのもこういうことなのだろう。
ここにはいない誰かに合わせて「私も進学かな」と答えるべきところだった。けど私はそうはしなかった。
こういうある種の噛み合わなさを積み重ねれば、変わっているとみなされても不思議じゃない。
「ふゆ?」
桃が私の顔を覗き込んでくる。考え込んでしまっていて返答が疎かになっていたからかな。
「なんでもない。でもまあ私も進学なのかな」
「そうなの?」
「特に理由はないけど。……ないならないで、桃と同じ進路がいいなって」
今のところは、と付け加える。
桃は僅かに驚いたような素振りをしてから、くすくすと笑った。
「ちゃんと考えないとって言ってなかった?」
「とりあえず先延ばしにしとくのが吉だと思って」
「先延ばしにしたらわたしと同じ進路になるのね」
「まあね。主体性がないもので」
「そんなことないでしょ」
桃がまた笑う。「いやそうなんですよ」と答えたら笑ったまま流された。ひどい。
「そういう未来を想像するのは、ちょっと楽しいかもね」
「どういう未来?」
「桃と一緒の大学に通ってー、みたいな」
目の前の棚には大学名が書かれた参考書が並んでいる。いわゆる赤本ってやつだ。
近くの大学のものに指を掛ける。まったくの偶然だったのだけれど、学校で受けた模試で私のレベルに合っていると出ていたところだった。
「今とそんなに変わらなそーだけど」と桃は言う。
「たしかにね。でもそこがいいんじゃないの」
「てことは、ふゆは今と変わらない方がいいと」
「うん」
「今のままがいいのね」
繰り返し二回言ったし、なにやら含みのある言い方に感じた。直感。本に向けていた目線を外して、桃の方を盗み見る。
すると今度は桃が考え込む番になったようだった。さっきまでは前屈みで表情がよく見えたのだが、
しゃんとしている姿勢では身長差も相まって、マフラーがかかっている口元の様子までは覗けない。
「たしかに、ふゆとの大学生活は楽しそう」
どう反応すべきか迷っているうちに、逸らしていた目を私に合わせて、桃は口を開いた。
杞憂だったみたいだ。私の直感なんてそんなに当たらない。桃の心情を勝手に予想して、変なことを口走ってしまっていなくてよかった。
ほっとしていると、「あ、そだ」と桃は私が手に持っているのと同じ本を取って呟いた。
「もし同じ大学になったら、一緒に住む?」
「えぇ? いや、それは、はは……」
思わず変な声と渇いた笑いが出る。
「え、そんなに嫌?」
「嫌ってことはないけど……、冗談じゃないの」
「……んー、冗談じゃないって言ったら?」
「どうだろうね。多分、それもいいかもなー、って思うんじゃないかな」
「あはは。そういう未来も候補に入れといてね」
パッとは想像できないかもなぁ、と思いつつ頷いた。
その後、ちょっとの間、お互い手に持っていた本や、他の参考書について話をして、そのうちの何冊かを買った。
暇なときに開いて勉強したらめっちゃあたまがよくなるかもな、と思った。
会計を終え本屋を出ると、向かいにある雑貨屋が目に入る。
そこで、「あ」と閃くことがあった。買おう買おうと思ってそのままにしていたものの存在を思い出す。
桃に確認を取って店に入る。先程の本屋とは違って、明るい照明が白い床に反射していて目が痛くなる。
文房具に化粧品、キッチン用品などを見て周る。目当てのものを最初に見ても良かったのだけど、桃がどういうものに興味を示すのか知りたくなった。
「手帳?」
「そう手帳」
私が手に取ったものは、日記帳とスケジュール帳と、その他もろもろが一緒になった多機能な手帳だ。今使っているのと同じもので、十二月始まりだから今の時期に買っておこうと思っていた。
商売用語だとエンドって言うんだったかな、目につきやすい通路に置かれているもので、ポップには日本一売れてるとかそういうことが書いてあった。たしかに使いやすいし、続けることが苦にならないような設計がなされている。
「ふゆはどういうこと書いてるの?」
「バイトの予定とか日記とか。まあほぼ日記かな」
「その日あったこととか?」
「そうそう。もちろん今日のことも書くよ」
「わたしと一緒に帰った……とか?」
「それはほぼ毎日だから書かない」
「あ、そっか。ほぼ毎日だもんね」
仲良くなったばかりの頃は毎回書いていた、とは言わなくていいよね。もし言ったとしたら顔をあげられなくなりそうだった。
「ふゆが日記つけてたなんて知らなかった」
「まあ学校に持ってかないし」
「たしかに見たことない」
「たまに見返すとちょっと前の自分ってこんなこと考えてたんだーってまぁまぁ楽しくなるよ」
「そうなんだ。……なんか、興味湧いてきたかも」
「へぇー、なら買ってみたら?」
「んーでも大丈夫かなー。続けられるか心配」
私のイメージだと桃は几帳面なタイプだから、ずっと続きそうではあるけどなぁ。
適当なマインドでやった方が忘れたときの罪悪感やらなんやらがないから続くのかも……いや、それは個々人の気の持ちようだから関係ないか。
私が買いに来ただけだから桃に勧める理由はない。けどなんとなく勧める感じになっていた。
日記仲間を欲していたのかもしれない。もちろん交換日記みたいなのをするつもりはないし、お互いに見せたりもしないんだろうけど。
「ならお揃いで買おう」と同じものをもう一つ取って、桃に手渡す。
すると桃は『それならいいか』というように朗らかに笑った。
「ふゆのこといっぱい書くようにするよ」
「おー、たとえば?」
「今日はルームシェアを提案してやんわり断られた、とか」
「えぇ……いやまあ、ご自由に書いてください」
「そうする」
「うん。じゃあ買いに行こっか」
もう冗談かどうか聞くのはやめにしておいた。
時計を確認するともうそろそろいい時間になっていて、軽くご飯を食べて、外に出る頃には雨は上がっていた。
「今日すごく楽しかった」と別れ際になって桃が言ったので、「私も楽しかったよ」とそれに追随する。
言おうとしていたちょうど同じ時に言われたものだから、先を越されて悔しいような、不思議な気持ちになって、次にふたりでここに来るときは私から誘おうと気付けば考えていた。
一人になって夜道を自転車で進みながら、こういう遊んだり買い物に行ったりすることが、これからは増えてくるのだろうなぁとなんとなく感じた。
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