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お昼過ぎになると客足がまばらになり、座りながら作業することができるようになる。
午前中はほぼずっと立ちっぱなしだということもあって、マイペースに一息つきながら、というのは気が楽に感じられる。
瑠奏さんは今、店の二階部分を使ってフラワーアレンジメントの教室をしている。土日のどちらかの午後はいつもそうで、その時間は店番を任されていた。
今日お店に入っているもう一人のパートの人は、結構遠くのコンサートホールにスタンド花を配達しに行っていて今はいない。
そういうわけで、店内には私一人だった。お客さんが入ってこない限りは……、と思った途端に女性が来店してきた。よくあることだ。
店内はシックな雰囲気で統一されている。花屋というとかわいらしくポップな印象を受けるけれど、この店はそういう雰囲気がコンセプトらしかった。
壁にはクリスマス用の、ポインセチアが大きく描かれた広告が貼られている。まだ一ヶ月以上前だというのに。まあそれは他の職業でもそんなものなのかもしれない。
この店を御贔屓にしてくれている、所謂常連さんが多いから、大体のお客さんの顔は憶えている。けれど今来たお客さんは初めて見る顔だった。
初めてのお客さんは、大抵はアレンジメントやブーケを頼む。誕生日などのお祝いで誰かに贈るため、というのが多いからだ。
そしてそのアレンジやブーケは去年バイトを始めたばかりのときに一通り作れるように練習したけれど、いざ作るとなると緊張してしまうのが常だった。
だから、出来れば切り花でブーケとかは頼まないでほしいな、と思っていた。店員としては少しよろしくないかもしれないけど。
使う花の指定が細部まであれば楽なのだけど、大概そんなことはなく、おまかせでというのがほとんどだ。
赤系で、とか、バラをメインに、とか言ってくれるお客さんが神様に見えるほど、特に要望もなく複数種類欲しい、と注文する人は多いのだ。
本音を言うと、メインの色とその他の色まで細かく指定があってほしい。アクセントや、その季節らしいカラーを入れたいというときに、お客さんからのニーズと違ってしまっていてはいけないからだ。
訊き逃してはいけないことも多く、たとえば病院へのお見舞いに持っていくものだったら匂いだったりサイズだったりを考慮しなければならない。
私だったら全部伝えるけど、みんな誰もが制約を知っているわけではない。話して、えっそうなんですか、と驚かれるのは割とよくあることだ。
作ってみてからでは遅く、作り直すこともしばしば。イメージと違うと怒られてしまったりもたまには。
大手だと最低二年くらいはお店で出すものは作らせてもらえないと聞いたことがある。ぺーぺーの高校生である私が作っているのって、本当にいいんだろうか。
ここのお店に入ったときに特に重要なこととして言われたのは、コミュニケーションは私たちから積極的に、だった。
瑠奏さんみたいに知識が豊富で器用にコミュニケーションが取れればいいけれど、私はまだ未熟というか、下手だし苦手だ。
そのお客さんはさして迷うこともなく、季節外れの向日葵を数輪買っていった。
しばらくループリボンを作ったりカウンター内の掃除をしていると、瑠奏さんが階段から降りてきた。
棚の上の荷物をちらっと一瞥してから、私の方へ視線を飛ばしてくる。取ってほしいようだった。
瑠奏さんは身長が低くて、私とは二十センチ差くらいあるのかな。つかさよりも小さい。
指摘すると気にするというか、変な空気を出してこられるので、特に何も言わずに段ボールを取って渡した。
「ありがとうございます」と瑠奏さんは良い笑顔で跳ねるように言って上階へと戻っていく。
自然な笑顔っていうのは生得的なものなのか、それとも後天的なものなのか。私の知っている瑠奏さんは、昔から自然な笑顔を私に向けてくれていた。
すべきことを順繰りに済ませていくうちに、外の天気は秋晴れから夜へと移り変わり始めていた。
向かいの美容院の街灯がチカッと点くのが見えて、あと少しで今日のバイトも終わりなのだと気付いた。
人はいないしいいだろうと欠伸をしていると、見知った顔が入店してくる。身体が少しかたくなる。
思わず目を逸らして、それでもまあ気になってしまって向き直ろうとしたところで、ふふっと微笑する声が耳に届いてきた。
「や、おつかれさまー」
と、部活帰りらしいジャージ姿の栞奈がひらひら手を振りこちらに寄ってきた。
「いらっしゃい。栞奈も、おつかれさまかな?」
「うん。たまたま通りかかったから来てみた」
「そっか」
「やっぱ働きものだね霞は」
「そうかな、今さっき欠伸してたけど」
「あはは、だね。……あ、そだ。今日は普通にお客として来たんだけど……」
そう言って、栞奈は店内を見回す。
私がバイトをしている姿に興味があるとかで前に来てくれたのは夏休みだったかな。それからたまに来てくれる。
学校関係の知り合いだと、このバイト先に今まで来たことがあるのは栞奈だけだった。
「自分用? それとも誰かに贈るための?」
「お母さんの誕生日用。ほんとは昨日だったんだけどね」
「なるほどね……。今の季節だと、ガーベラとか、あとはオーソドックスにバラとか。アレンジメントで良かったんだよね?」
「うんうん、そうね」
予算は? と訊ねると、四千円まで、ということらしかった。
「それだと、ガーベラだけだったら二十ちょっと、バラだけなら十二、三本くらいかな。
ガーベラとバラは見栄え的に合うから、両方使っていい感じにまとめられれば……って思うんだけど」
「お花はたくさん種類があったほうがいいかな」
「わかった。なるべく多めに使ってみるね」
「よろしく。あー、友達に作ってもらったってお母さんに自慢できる」
「いやその、恥ずかしいからやめてよ」
曖昧な調子で答えながら、花束の構成について考える。
基本的にアレンジメントは、メイン、サブメイン、ラインフラワー、アクセント、ボリューム、グリーンの六つから逆引きして決めていけばいい。
アルストロメリアとスカシユリで可憐な雰囲気を、ワレモコウで落ち着いた雰囲気を出す。
スペース埋めをアストランティアで、ヘデラで緑を補いつつ……と、おおかた決まってきた。これでいこう。
秋らしいカラーで、少しでも大人っぽさというか、そういうものを出せればなと思う。
年上や、お世話になっている人へのプレゼントは、ちょっと背伸びしているぐらいの方がいいと思う。
私目線ではそうだ。おまかせのようだから、勝手に栞奈もそうだと思っておく。揺れるとそれが出てしまいそうだから、ここは自分に都合良く。
「じゃあ今の霞を写真に収めて、つーに送ろうかな」
作業台でオアシスに花をさし始めると、栞奈はスマートフォンを取り出して私に向けてきた。
ちらっと見て目を逸らす。思わずむっと表情を固くした拍子に、パシャ、というシャッター音が耳に届いてきた。
「なんでつかさに……ああいや、まあつかさならいいや」
話しながら作るのは久しぶりで、そっちへの対応が少しぶっきらぼうになる。
「いいんだ?」
「減るものじゃないしね」
反応がだいたい分かるから。わーっていう感じのやつ。うん。
それは栞奈にも伝わったみたいで、「やめとこ」と手元で操作していたスマートフォンにかけられていた指がぴたりと止まった。
「じゃあ、桃に送ろうかな」
「うん。えっと、それも別にどうぞ、って感じなんだけど」
「あ、そうなんだ。そんならこっちはほんとに送ることにしよう」
指がもう一度動き始める。「ほんとに送ったよ」という声とともに見せられたのは桃とのトーク画面。
やっぱりやめてよ送信取り消しできるでしょ、と反応すべきかどうか迷ったけれど、そうはしなかった。
その代わりに適当に言葉を発しながら笑った私を見て、栞奈はなぜか楽しそうに笑みを返してきた。
「桃、見たら多分喜ぶよ」
「そうかな」
「多分ね。ほら、なんかよく『写真撮ろー』ってしてるじゃん。二人で」
「んー……あーまあ、してるね」
「霞からってのはあんまりないだろうけどね」
「そうかもね」
ラッピングも秋っぽく包んで、ホチキスでカチカチと止めていく。
リボンをつけて、セロハンを左右対称になるように貼り、丁寧にアレンジを包む。
「こういう感じでどうでしょうか」
「うん。やっぱり頼んで良かった」
「満足してくれたならなにより」
くっきりした二重の瞼と長い睫毛が楽しげに揺れていて、本心から言ってくれたのだと嬉しい気持ちになる。
「じゃあこの作ってくれたのと、霞と、私も入るか」と栞奈は今度は内カメにして、再度私にスマホを向けてきた。
「これは誰にも送らないやつね」
栞奈はそう言ってパシャパシャと何枚か撮っては、角度か何かがしっくりこないといったような微妙な表情で撮り直しを要求してきた。
二階からフラワーアレンジメント教室の人達が降りてきて、栞奈もその流れに混じるようにして帰って行った。
じゃあね、と手を小さく振って見送り、ドアを閉めて振り向くと、瑠奏さんが私をまじまじと見つめていた。意味ありげな視線。
「なんですか?」
「いえ。お友達、かわいらしい方ですね」
「そうですね。優しいし、しっかりしてる子です」
いいですねー、と瑠奏さんは頷く。
「今度、ほかのお友達も連れてきてくださいよ」
ぱちっと手を打ち、良いことを思いついたような顔でそう続ける。
「はあ、まあ……いいですけど」
「霞さんはお友達の数はあまり多くはないでしょうけど」
あはは、と笑って否定はしなかった。普通に事実だったから。
ていうか瑠奏さんも知っていて言っているあたり、少しだけ酷い人だと思う。
もし連れてくるとしたら、もう桃かつかさだけだった。
で、それはなんとなく……うん。なんでか分からないけどすすんではしたくない。
自ら来るならまだしも、呼ぶというのは、ちょっと。授業参観の時みたいな気分なのかな? わからないけど。
「気が向いたら連れてきます」
と、そう言って誤魔化すことにした。
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