朝起きてすること。

 それは、軽く走ること。


 私の家の近くにはけっこうな長さの川があって、いくつかの大きな橋と、河川敷には舗装された道が続いている。

 あまり傾斜がなく車も通らないから、マイペースで走るのには最適なルートだ。自然もそのままで、走っていると気持ちがいい。


 朝にランニングを始めたのは昨年の夏だから、もう一年以上続けていることになる。

 始めた理由は、朝起きて暇だったからなんとなく。ぼーっとしているのもいいが、それならなんでもいいからしたいと思ったから。

 美容のためとか、健康維持のためとか、そういったことは全然ない。そういう理由なら逆に続かなかったはずだ。


 けどそれなりに成果というか、効果のようなものは出ている。朝ご飯が美味しく食べられるのだ。

 って言っても、サラダと果物しか食べないけれど。小食気味だから、ちゃんと食べているだけでもいいことなのだと思う。


 走りながら腕時計で時計を確認すると、もう五時を過ぎていた。


 この時間に走っている人はそこそこいて、これからの一時間で人数が増える。

 人気のランニングスポットであるとともに人気のサイクリングスポットでもあるので、ちょっと周りに気を付けなければならなくなる。


 だからその前に、さっさと往復して帰路に就く。寒いし寒いし、あと寒いし。

 自分がもともと寒がりなのもあって、手袋をぴっちりはめてモコモコのウインドブレーカーを羽織っていても寒い。

 昼と夜は耐えられても、朝の寒さは苦手だ。心持ちの問題だと思うが、少し気にして厚着をしてしまう。

 十二月でも元気に走っていた昨年が懐かしい。今思えばすごかったと思う。ハーパン生足とかのときもあったし。


 私が走るのと同じタイミングで走っているのは、だいたい四人か五人。

 今いるのは、めっちゃガチガチの服装で走っている二人組のお兄さん、多分サッカー部の男の子、大学生くらいの帽子のお姉さん。


 ほぼ毎日顔を合わせるものだから、自然と会釈をするようになっていた。まあお姉さんからされて返すだけだけど。

「どうも」とにこやかな笑みを向けられて、「どうも」と同じように返す。で、走っていく。お姉さんはめっちゃ速いから、後ろ姿はすぐに小さくなっていく。


 ふと河原に目を向けると、水上に鴨の集団がたむろしていた。パンかなにかを放りこまれるのを待っているっぽい。

 階段を下りて近付いていくと、一旦逃げていったけれどすぐに戻ってきた。ごめん、ねだられてもなにも持ってきてない。


 すーっと澄んだ空気を吸い込む。太陽が出て、日差しが差し込んできた。低い位置にある鼠色の雲はゆったり動き、水面を鈍く染める。


 休憩ついでに体育座りで鴨を眺めていたら、そのうち私に興味をなくしたらしく対岸に泳いでいってしまった。


 ぱしゃぱしゃと小さい音を立てて、今度は鴛鴦がやってきた。後ろの石段に両手をついて、ちょっと観察する。鴛鴦はめったに逃げてかない。

 鮮やかなのが雄で、色味が少ないのが雌だったかな。最近気付いたことなんだけど、鳴き声も若干異なっているみたいだ。

 そのどちらとも違う鳴き声が聞こえて振り向く。木の上にトンビがとまっている。こっちもエサ目当てだろう。


 あまり野鳥に詳しくないので、すっごく有名どころのものしか分からない。あ、白鳥だ、と思い込んでいたものが白鷺だったり。

 本屋で野鳥図鑑と数十分睨めっこして諦めた。今日もいるなー程度に留めておく方が楽しいし性に合っている。


 秋の河原沿いを彩る木々にしても、それなりに同じことが言えるかもしれない。

 紅葉といえば、モミジにカエデにイチョウに、結構いろんなのがあるけど、色付いているのは目で見ればはっきりと分かる。

 だけどそれらについて、見たもの以上のことを想像したりするのは難しい。相手が人間でも難しいのだから、他の種ならなおさらだ。


 砂利道を歩き、堤防の傍ら水の流れが堰き止められ、小さな草むらが出来ているところに目を向けると、今日もいた。


 一羽の白鳥。仲間の飛来を待っているのだろう、十月に姿を確認してからずっとこの場所に留まっている。

 いつも「おーい」と声をかけると近くまで寄ってくる。寂しいのか、単に近付いてくるものが珍しくてなのか。分からないけれど、他の白鳥と比べれば人懐っこい気はする。

 でも今日は羽繕いに夢中らしく、声をかけても気付いてくれない。一度駄目なら引き下がるのがマイルールなので引き返す。


 もしかしたら好きで一羽だけでいるのかな。だとしたら、私が声をかけるのも考えなきゃいけない。

 勝手に気持ちを推し量ってしまうのは、私の悪い癖だと思う。体が冷えてきたのでもう一度走り始めながら、そんなことを思う。


 秋が終われば、当然のように冬が来る。艶やかな草木も徐々に次の春に向け色を落としていく。

 今は中途半端で、冬になりかけてはいるけれど、まだ冬ではない。

 昨年は十二月半ば頃に多くの白鳥を見たので、それまでは私が影ながら見守っていようと思うのだった。



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