「……ふゆゆはさ、アレどうすんの?」


 信号と歩道をいくつか越えたところで、つかさは落ち着かない様子で私にそう訊ねてきた。


 二人になった途端露骨にそわそわし始めて、お互い無言になっていた。

 質問があるんだけど私から聞いてほしい、と言っているのかと思ったくらいだ。


 やや遅足で進んでいる方角、西の空には夕焼けが広がっている。

 この季節になると、午後四時半にはもう日が入っていってしまう。だから早めに帰りたいんだけど……今日はまあ仕方ない。


「アレって?」


「昼の、その、ももちゃんのやつ」


 若干、緊張しているような顔。出会って間もない頃によく見た記憶がある。

 基本的につかさは気にしいな傾向がある。気にしいって使い方あってるのか分からないけど、神経質とか心配性とは違っているはずだ。


「ああ、うんと……」


 答えようとして、答えがないことに気付く。

 どうするって、どうするんだろう。その場ではなんて言ったんだっけか。


「さあね、どうするんだろ?」


 思ったままを口にすると、つかさはがっくりと肩を落とした。

 そして、わたしに聞くなよ、と声を出さずに口だけ動かす。聞いてきたのはつかさの方なのにね。


「桃の考えてることが全然分からないから、どうするもしないもないでしょ」


「んー……そんなに分かんないの?」


「え、いや逆に、桃の考えてることって分かる?」


 そりゃ一年も友達をしていれば、何を考えてるかくらいはなんとなく分からなくもない。

 つかさみたいに物凄く分かりやすいってことはないにしろ、表情に気持ちが出ていることは少なくない。


 でも、それは多少なりとも程度の差はあれど誰にでも言えることだ。

 エスパーでもサトリでもない普通の人間は、相手のことを分かっている気になっているとしても、それはそこそこの域を出ない。


「いやわたしもまったく」とつかさは言う。ちょっと意外。私よりは分かるだろうと思ったから。


「ていうか、そんなに気になる?」


 最初に言われた時は驚いたけど、私自身がもうさしてそのことを気に留めてはいなかった。

 桃も昼休み以降その話をしてこないし、私からする理由もない。真意があるにしろないにしろ、それを問い質す理由もない。


 もうちょっと考えて的なことを言ったから、もうちょっと考えてきてくれるだろう、という甘い考え。だって、それしかないし。


「そりゃ気には……うぅん、あーいや」


 ええもうめっちゃ気になります、と言われても困ったけど、こうして微妙な反応をされても変な感じになる。

 しばらく、つかさは念仏を唱えるように「あー」とか「うーん」とか言っていたが、結局押し黙ってしまった。


「桃がすっごく真面目な感じだったら、私も同じように真面目に考えなきゃなっては思うよ」


 という私の返答に、つかさはぱちぱちと目を瞬かせる。


「ふゆゆは、抵抗とかまったくないの?」


「抵抗って?」


「……あぁその、ちょっとは自分で考えよう」


 そんなこと言われましても。というか、説明面倒だからって私に丸投げしたな。


 抵抗……抵抗?

 イエスかノー、ではないにしろ。


「桃ならべつに知らない人ってわけでもないし、そういう意味での抵抗ならそんなにない」


「ないのか。いや、でもふゆゆならそうかも」


 つかさが勝手に納得してくれる。「そういう風に取るか……」とぼそぼそ聞こえたけど。

 ていうか私ならそうって、どういう納得の仕方か分からないが……ま、解釈はつかさに任せることにする。


「ふゆゆとももちゃんの二人ならないと思うけど、変に仲悪くなったりしないでよ?」


 やっぱり一番言いたいのはそういうことなんだろうなと思った。


「きっと大丈夫だと思うよ」


「他人事だなあ……。けど分かった分かった、干渉するのはよくない」


 大きい目が糸になったんじゃないかと思うくらいに目を細めながら、つかさは頷く。

 そして、どこからかぐいっと手を伸ばしてきて、ハンドルを握っている私の手を柔らかく包み込んできた。


「でももしなんかあったら、わたしを頼ってくれてもいいんだからな」


 二人の友達だから、と続けたつかさの表情はまたしても真剣なものに戻っていた。


 そんなに深刻に捉えるなんてとも思ったけれど、私が考えてなさすぎるのかもしれない。

 そう指摘されているようで、返答に詰まる。詰まったところでなにもない。なにも変わらないのだが。


 ちょっと気になったことがある。つかさの言う『干渉しない』は、私の認識とは少し違っている。

 桃も栞奈も、つかさはそこそこ微妙なところがあるけど、一人一人が独立している感じはある。

 それは各々の気質の問題でもあって、いい意味で言えばそういう信頼関係があるとも言える。


 でも、干渉しないわけではない。お互いに思うところがあって干渉しないようにしている、が正しいのだと思う。

 誰が言い出したわけでもないのにそうなっているのだから、そういう関わり方が私たちにとってベストとは言わずともベターなのだろう。


 ひょっとしたら私が知らないところで、いろいろと変わってきているのかもしれない。

 目に見えないものを定義するのは難しい。見えるものだって難しいけれど、それとは別に。



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