第5話 〜アスティラ公爵家〜
ゼルが公爵家を出て行き1週間後、ちょうどアルベイルに着いた頃。
公爵家の門の前には、屈強な男達が4人仁王立ちしていた。
「お初にお目に掛かります! 私達Aランクパーティーのシーファングと言います。冒険者ゆえ、失礼な発言が目立つかもしれませんが、どうか寛大な心で許して頂きたく思います」
「おぉ!! よく来てくれた!! Aランクパーティー、シーファングよ!!」
そしてそれを公爵様が直々に出迎える。
「此処で立ち話もなんだ! 早く屋敷へと入るが良い!」
「ありがとうございます!」
シーファングのリーダー、カイが大きな声で感謝を述べると、後ろにいる3人が小さく礼をして屋敷へと入る。
「リーダー、まさか公爵家に雇われるなんてね」
小さく公爵様には聞こえない声量で話す。
「あぁ。俺達の運もまだなくなった訳ではねぇってこった」
「アルベイルに行った後から、自分らの力を見定める事が出来るようになりましたよ」
「コクコク」
アルベイルに行った時は散々だった。まさかあそこまでレベルが高いとは。
「確かこっちの冒険者ランクが、あっちに行くと1ランクダウンになるんでしたっけ?」
「あぁ。俺達があっちに行けばBランクだからな」
シーファングはその名の通り、水辺での戦闘を得意としているパーティーだ。この国では隣に出る者は居ないと言われている。
しかし、
アソコは本当に化け物だらけだった…こっちでは天才と呼ばれる俺達が、あっちに行けば凡人だ。
「まぁとりあえず、此処でのんびり公爵様のご機嫌取りながら少しずつ強くなっていこうぜ? そして時期を見て冒険者稼業に戻っていく」
カイはそう言うと公爵の後を追って、部屋へと入る。
「さて、早速で悪いんだが契約内容をもう一度確認しておきたい」
公爵はソファに足を組んで座ると、
「月に50万ゴールドで公爵家の狩人役をやってくれると言うが間違いないか?」
「はい。間違いありません」
「うむ。では最初の仕事だ。明日までにシーサーペントを狩って来てくれ」
公爵はソファに寄りかかり、疲れた表情を見せる。
…は? このジジイは何を言ってんだ? シーサーペントって言えば"海の暴れ者"と評される魔物。手練れのAランクパーティーが10組以上いて、初めて安全が確保される程の大物だぞ…?
「シ、シーサーペントですか?」
カイはぎこちない笑顔を浮かべ、聞き間違いであったという希望を持ちながら公爵へと質問を投げかける。
「あぁ。最近脂っこい物は胸焼けが酷くてな。魚介類がブームなのだ」
「な、なるほど…ですがシーサーペントとなりますと2、3週間は時間が掛かると思いますが…」
「何を言ってる!? 私はシーサーペントの刺身が食べたいのだ!! 早くしろ!!」
公爵が怒鳴り声を上げる。
国随一の食通とは聞いてたが…まさかここまでとは…こんな依頼達成できる訳がない…。
アスティラ公爵領から海まで移動するだけで半日。それからシーサーペントを海から見つけ出し、討伐し、此処に持ってくる。
出来る訳がない。そもそも俺達だけで討伐出来る筈がない。
どうすれば…
「もしかして兵士を貸していただけるんですかね?」
隣に座っているハスが俺に耳打ちをする。
確かに。まさか俺達だけにシーサーペントの討伐を命令する訳がない。その他にも馬や、シーサーペントを持ってくる為の資材をくれる筈。
「わ、分かりました。お待ち下さい」
シーサーペント、リーダーのカイは公爵の言う通り討伐へと屋敷から出る。
しかし、公爵からは何も支援をされる事なく、出発する事になったのだった。
*
「はぁ〜久々の職場だが、アイツらはちゃんと上手くやってるかね?」
毛むくじゃらの腕をした男が、腕まくりをして厨房へと向かう。そして扉を勢いよく開ける。
「「「ゴルドフ料理長! おはようございます!!」」」
ゴルドフは何十人もの料理人から挨拶をされ、厨房へと入る。
「おう。おはよう」
「すみません。早速ですけどこのスープの味見をしてみて下さい」
「こっちは今日のメインなんですがどうでしょうか?」
入った途端、何人もの人に囲まれアドバイスを求められる。
こうなるのも仕方がない。
食通とも名高いアスティラ公爵へと何十年も仕え、あらゆる食材、珍味を料理し、満足させたエリート中のエリート。神料理人、ゴルドフ。
この国で知らない者は居ないとまで言われ、王家の者が懇願するとまでも言われている。
「ちっとは自分達でやれ!」
1、2回アドバイスをすると、周りにいる者を怒鳴りつけ、それは一気に散っていく。
「ふん」
鼻息を勢いよく出して、近くにある椅子に座る。ゴルドフは後進を育てる為、極力手を出さずに皆の監督をする。
悪い所があったら教え、その他は何も言わない。
これがゴルドフの流儀だ。
「…よし。じゃあ後は任せるぞ」
朝食の準備が終わり、ゴルドフは眉に皺を寄せたまま厨房から出る。
何故、こんなに怒り狂っているのか。何か悪い所があったのではないだろうか。厨房に居た者は全員そう思った。
(ゼルの野郎…どうしちまったんだ? 朝の挨拶に来ねぇなんて)
ゴルドフは狩人のゼルの心配をしていた。
いつもなら朝食作り中、顔を出して来る筈なんだが…。この5年間、体調崩した所なんて見た事ねぇし。何かあったのか?
早足で歩き、ゼルの部屋の前まで着く。
「ゼル! 起きてるか?」
ドアを叩くが、返事が返って来ない。
まさか、何かあったのか!
ゴルドフはドアから離れ、勢いをつけてドアへと突進する。そしてドアが開かれ中を見ると、目を見開く。
「…何もねぇ…だと」
「そこの部屋に居た狩人ならご当主様に追い出されましたよ」
近くにいた雑巾を持ったメイドが唖然としているゴルドフへと話しかける。
「追い出された!?」
嘘だろ…いや、あの食べ物の事しか頭にない公爵ならゼルを追放するのもあり得る…。
「ご当主様も早くにあの役立たずを追い出せばよかったものの…」
メイドもやれやれと言った様子でため息を吐く。
ゼルが戻ってくるのはいつも深夜だ。アイツがどんなに凄いやつか、コイツらが知らないのも仕方ないが…此処までだったとは…。
「はぁ…ゼルが居ねぇなら此処にいる必要はねぇな」
ゴルドフはそう言うと踵を返す。
(折角だ。この国からも離れてユズが喜びそうな綺麗な街に引っ越してみるか)
ゴルドフが神料理人と呼ばれているのに此処に居た理由。それはゼルが居た為だった。
ゼルが持ってくる食材は、数が少ない希少な物や、取るのが難しい物、危険な取り扱い注意が必要な物が多くあり、それを料理するお陰で、今まで停滞していた料理の腕が伸びているのが自分でも分かった。
だから公爵家に居た。
しかし、ゼルが居ないとなると別だろう。
あれ程の実力者…世界中探しても数人だろう…。しかも礼儀正しく、素直でかわいい奴だ。
「何処に行ったんだが…」
ゴルドフは窓の外の空を見上げながら、呟いた。
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