第38話

 勇の言葉通りだと、久美がおかれている状況が良子にもよくわかったのは、それから一週間後のことだ。夜の八時すぎ、良子が美容室を閉めて外へ出ると、久美の家から、老人らしき男の怒鳴り声がする。家の前に車が停まっており、運転席にいる男性の顔に見覚えがある。泉澤の親戚の誰かだ。

 気になって、思わず良子は久美の家の開いていた門から中にはいった。良子の家と違って、久美の家は、門から玄関まで庭がある。玄関に近づくと、中から、乱暴に戸を開けて老人が出てきて、良子には目もくれず帰っていった。

 恐る恐る、良子が中をのぞくと、久美が険しい表情で立っていた。良子に気がつくと、久美はいつものおっとりとした雰囲気になった。

「よっちゃん。ちょうどよかった。ちらし寿司、たくさんつくったの。持って行こうと思ってたけど、

邪魔が入ってね。」

「あ、ありがとう。いつも助けてもらって。基本、おばあちゃん相手の店だから、夜は早めに店じまいなんだけど、急に毛染め頼まれて……」

「そう、くたびれたでしょう。明日の朝、蒸し寿司にしても美味しいよ。おおめに入れてあげる。」

 余計な口出しをするべきではないのだろうが、やはり気になる。

「あのさ、さっきの人、えっと、泉澤の親戚の人だよね。なんかあったの?」

「あの人は潔さんの母方の叔父さん。私のすることが気に入らないので、文句を言いに来たの。」

「何が気に入らないっていうの?」

久美はフッと笑った。

「全部でしょうね。女二人で何ができる、わしに任せろだって。奈緒が結婚しているのがわかっていないみたいで。ほら、あの娘、飛び出して行ったからね。自分の孫の一人を婿養子にしろって。でね、『結構です。お断りします。』って言ったら、かんかんに怒って帰っていった。二度と来ないそうよ。」

良子は絶句した。

「大丈夫。もう、よっちゃん達以外の泉澤の親戚なんて付き合わないから。固定電話も解約したの。随分静かになったわ。業者さんも一部変えたの。他の親戚にうちのことをおしゃべりされるのも気分が悪いしね。女だと思ってなめてかかると、痛い目にあうって教えてあげただけよ。」

久美の口調は穏やかだが、内に激しい怒りがこもっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る