第31話

 気がつくと、良子は泣いていた。声をあげて泣いていた。耳元に、光代の声がよみがえってくる。

「あんたにはすまないことをしたよ。私達はあんたにお母さんとの時間を捨てさせてしまったよ。今さらどうにもならないが、本当に申しわけないことだった。」

みどりの葬儀の後、光代はそのあとの段取りを、何度も良子に訪ねていたように思う。それにたいして良子は、母が後のことを託している人がいるから、私はもういいんです、とぶっきらぼうに答えていた。

 母娘の間に複雑な感情があることを察したのか、ある時期から、光代はみどりのことに触れなかった。しかし、生みの母親の墓の場所も知らない、知ろうともしない良子のことを案じたに違いない。さりとて、他人がどうこう言うことではないと思ったのだろう。いつか、良子の目に留まればと、ひそかに仏壇の引き出しにしまっておいてくれたのだろう。最初こそ結婚に反対していた光代が、良子のことを大事に思ってくれていた。良子が意地をはっているのではと、ひそかに案じてくれていた。そう思うと、良子の涙は容易にとまらなかった。

 ふと、肩に手をおかれているのに気がついた。いつの間に、美容室に入って来ていたのだろう。久美の姿がそこにあった。

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