第29話

 毎朝の家事が終わり、美容室に移動する前に、一階の奥の部屋にある仏壇に手を合わすという習慣が、最近、ようやく身についてきた、と良子は思う。夫の父親の勇作が亡くなった時は、光代が気丈に振る舞い、一切合切やってくれたおかげで、良くも悪くも、良子の負担は少なかった。

「おばあちゃん、ごめんね。私、この歳になっても知らないことばっかり。おばあちゃん頼みは、子育てだけじゃなかったわ。」

と呟いた時、良子は仏壇の花立の水が随分減っていることに気がついた。

 時間を気にしながら花立を持ち上げたからだろうか、手がすべり、花立を倒してしまった。花立に残っている水がこぼれ、慌てて、洗面所で柔らかい生地のタオルをさがし、仏壇を拭いた。

「おばあちゃん、ごめんね。」

と言いながら、ふと、仏壇の引き出しの中が気になった。念のために拭いた方がいいかと思い、引き出しをあけて良子は驚いた。

 光代の字で「良子様へ」と書いた封筒が入っている。幸い、引き出しの中に水が入ることはなく、無事である。

「なんだろう、これ。全然、おばあちゃんらしくない。」

思わず、言葉が出た。光代がこんなまわりくどいことをするはずがない。手紙を書くぐらいなら口でいう方が早いという考え方の人だったのだが。

「秘密の話はもう、聞いたじゃないの。おばあちゃん。」

とりあえず、午前中の予約のお客のパーマと毛染めをこなさなければならない。昼休みに中を見ることにして、良子は急いで美容室に向かった。

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