第26話
ニ年が経った。
相変わらず、泉澤良子の朝は早い。午前四時に起きて家族の弁当を作る。今は一人で。光代が逝ってしまったからだ。
あの時、光代は息子の勇にも言わない初恋のことを良子に打ちあけた。良子と良子の母との時間を奪ったと詫びて、久美のことを思うなら、灯籠になっておやりと言った。今から思えば、光代はすでに体の不調を感じていたに違いない。
あの後、光代は突然倒れて入院したが、検査する間もなく逝ってしまったのだった。勇も良子も子供達も、それから、久美も、急きょ帰って来た奈緒も皆で大泣きした。
その涙も乾かないうちに、久美の夫の潔が亡くなった。職場で勤務中に倒れ、急死したのだ。思いがけない不幸に見舞われた二軒の泉澤家だが、ようやく日常を取り戻しつつある。
夫と子供達がそれぞれの仕事に出かけると、良子は家事を片付け、美容室に移動する。光代の友人達が相変わらずパーマや毛染めに来てくれるのはありがたい。
美容室が休みの月曜日は、良子は一人で光代の墓に参ることが多くなった。墓に供えるなら菊だろうかとも思うが、何となく、光代は嫌がるような気がする。かといって、バラなど論外だろうから、馴染みの花屋で見繕ってもらっている。
今日も光代の墓に花を供え、ふと泉澤本家の墓の方を見た。墓の前に花はない。
潔の葬儀の時、久美が言った一言が、今でも良子の耳に残っている。
「ひどい人……」
突然のことで、涙もでなかった久美だったが、そう言った時、頬に一筋涙が流れていた。
「潔さん。私で悪いけど。あなたが久美ちゃんを置いてきぼりにするからですよ。」
そう言いながら、良子は潔の墓にも花を供えた。
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