第22話

「良子、誰だって若い時はあるんだよ。私の実家は小さな小さな、吹けば飛ぶような定食屋だったよ。何とか高校だけは行かせてもらって、お茶をつくっている会社に勤めてね、最初は工場だったんだ。けど、途中からお店のほうになってさ。そこによく来るお客さんの一人が、勇作さんのお母さんで、何故か気に入ってもらってさ。息子の嫁にってさ。」

良子にとって初めて聞く話である。

「驚いたよ。どこでどう調べたのか家までやって来たんだから。親もびっくりしたよ。是非にって言われて見合いをしたけど、勇作さんのことは何とも思わなかったよ。」

良子は思わず吹き出した。

「ちょっと、おじいちゃんがかわいそうね。でもわかるような気もするわ。なんか可もなく不可もなくって感じ。あっ、ごめんなさい、こんな言い方。おじいちゃんに悪いわね。」

「いいんだよ。私だって、勇作さんにときめかなかったんだから。良くも悪くも親の言いなりっていうか。若い時は特にそうだったよ。今、この歳になって思うんだよ。何かをつかんだら、何かをはなす、それが人生だって。泉澤の一党の中で、工務店だからって、低くみられてる家だけど、私の実家からみると、玉の輿さ。身体一つで嫁に来いって言ってもらって。でも、そのかわりに好きな人をあきらめたんだ。」

こんなに寂しそうな光代の顔をみたのは初めてだと良子は思った。

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