第21話
「あのさ、一度限りだったんじゃないかね。」
光代の言わんとすることが、よくわからなくて、良子は、聞き返した。
「どういうことです?」
「久美ちゃん、最初で最後のデートだったんじゃないかね。だから、精一杯おしゃれをして出かけた。普段なら着ないような服を着て。でも、もう、その服は見たくないから、処分したか、目につかないところにしまったか。」
良子は驚いた。
「おばあちゃん、すごい想像力ね。」
「潔さんとギクシャクしてるのは今に始まったことじゃないしね。久美ちゃんがあんなにぼろぼろなのは、別れたからだと思うよ。」
「そうだとしたら胸が痛いわ。」
良子はあの時の久美の笑顔を思い出していた。
「良子、あんたは、勇の他に好きな人はいなかったのかね。」
良子は、驚いて櫛とハサミを取り落としそうになった。
「おばあちゃん、さっきからもう、びっくりすることばっかり言って。手元がくるうでしょうが。」
「私は真面目に聞いているんだけどね。」
「そもそも結婚する気はなかったの。母を見ていて、自分は仕事一筋に生きるつもりで。子供を生む気もなかったの。勇の熱意に負けたんですよ。」
良子は苦笑した。うそではない。
「でも、よかったと思ってる。お店を持たせてもらって、仕事を続けられたし。最初は、色々あったけど、私は果報者だと思ってます。子育てはほとんどおばあちゃん頼みで恥ずかしい限りだけど。」
それも本当の気持ちである。
「良子、ありがとね。私はどうしても忘れられない人がいてね。結婚してるのに、一度だけ会ったんだよ。勇作さんに内緒で洋服買ってさ。」
「それで、久美ちゃんのことも、そんなふうに思ったの。」
「そうだよ。人は見かけによらないだろう。」
光代は笑った。
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