第17話

 玄関先で結構です、と固辞している潔を、良子はリビングのソファに案内した。光代がお茶の用意をしながら、二人の会話に耳をそばだてている。

「本当に、突然すみません。」

潔は何度も繰り返す。久美のことだと、良子は直感した。それは光代も同じである。潔は油気のない長く伸びた前髪をかきあげ、ついでにずれ落ちている眼鏡を持ち上げた。

「家内が、こちらの皆さんに良くしていただいて、ありがとうございます。」

 外でどれくらい待っていたのだろう。体が冷えたのか、潔は、光代がいれたお茶をおいしそうに飲んでいる。良子は早く用件を言えばいいのに、と思いながら言葉をさがしていると、光代も同じらしく、目で合図をする。

「あの、それで、どうされました?」

良子はそっと潔にたずねた。

 潔はしばらく迷っていたが、ようやく口をひらいた。

「家内が、ここ、しばらくの間、臥せっておりまして。」

「えっ、久美ちゃんが。まあ、私達、少しも気がつかなくてすみません。」

良子が言うと、横から我慢できなくなった光代が、

「いつから?いつから具合が悪いの、久美ちゃん。」

と口を出した。

「私が気づいたのは二週間ほど前で。寝たり起きたりの繰り返しで。」

潔がボソボソと言うのを聞いて、光代がいらいらしているのが良子に伝わってきた。

「お医者さんには連れて行かれたのですか?」

「いえ、まだなんです。」

潔は答えにくそうに言った。

「あの、私、明日から三日間、どうしても行かなければならない学会がありまして。あの、あつかましいお願いですが、時々、家内の様子を見ていただけないかと。明日の朝、鍵をお預けしますので、お仕事の合間に様子を見てやってください。お願いします。」

潔は頭を下げた。

「もちろん、お引き受けしますよ。場合によっては、私が久美ちゃんを病院に連れて行きますよ。」

光代が返事をした。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る