第3話

 自分の美容室に入り、仕事着に着替えると、スイッチが入る。今日の朝一番のお客は向かいの家の泉澤久美だ。道路を挟んで向かい側に建っている築百年の古めかしい家が泉澤工務店の本家なのだ。光代の話しによると、泉澤家はこの辺りでは一番の大地主で、一族は学者が多いという。

「うちの先々代が、この家に似合わない勉強嫌いでね。大工に弟子入りしたのがここの工務店の始まりさ。」

「揃いも揃って、学者だって。人それぞれがいいのに、薄気味悪い家さ。」

 光代の口の悪さは今に始まったことではないが、良子も、久美とその娘の奈緒以外の本家の人間は好きになれない。久美は良子と同い年だが、大学卒業後、一年だけ会社勤めをして、見合い結婚で、泉澤の本家に嫁いできたと聞いている。古風で、地味で、腰が低いと評判の久美のことを良子も光代も大好きなのだ。

 表で声がしたなと思うと、光代が、目ざとく久美を見つけて話しこんでいる。

「おばあちゃんったら、仕事は。何、あぶらうってるの。」

良子が言うのも構わず、

「久美ちゃん、悪いね。いつも気をつかってもらって。良子、久美ちゃんがカステラ持って来てくれてさ、終わったら、一緒にお茶だよ。」

と、一人で決めてしまっている。

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