最終話 辿り着く未来

和気香風

    ♤


 アルスメリアとの決戦から一週間が経った。


 激しい戦闘のあった宗教国家都市の中央部は建物の損壊も酷い。

 しばらくは一般の立ち入りが禁止された上で、修復作業に追われる状態だ。


 俺とクランは南東部の街へ帰り、普段の日常へと戻っている。


「あなた様、そろそろ街の見回りに出掛ける時間です。」


 シスターの修道服に身を包んだクランに声をかけられた。


「ああ、わかった。ちょうど蒸気自動車の点検を終えたところだ。出発しようか、クラン。」


 彼女は手に網籠を持っている。

 おそらく、昼に二人で食べる弁当なのだろう。

 その中身を想像して食欲が湧いてくるのを堪えた。



 南東部ののどかな田園風景を横目に蒸気自動車を走らせる。

 助手席に座るクランは流れる景色を眺め、綺麗な小顔の口から言葉を紡ぐ。


「……あれから、もう一週間ですね。この世界は相変わらず穏やかで……あの時の戦いが夢だったかのようです。」


 それは決して思いにふけるような良い意味ではない。

 あれだけ大きな出来事も終わってしまえば、まるで日常でのちょっとした一コマのように埋もれてしまうことに対しての皮肉なのだと感じ取る。


「――クラン、言いたいことはよく分かる。けれど、あれは夢ではないし俺達に……この世界にとって、とても意味のあるものだった。」


 クランはこちらを向いて問いかける。


「あなた様。わたくし達は……何か変われたのでしょうか?」


 その言葉に少しの間、考えを巡らせた。



 ――天使の神鎧アンヘル『ウルスラ』を倒した後。

 クランは『魂の解放の儀』によって自身の願いを叶えた。

 刹那……アルスメリア曰く、天蓋に覆われたこの世界はまばゆい光に包まれて――

 何事もなかったかのごとくに光は収まっていった。


 最愛の少女はどんな願いを天に届けたのか。

 聞いて確かめることはしなかった。


「……正直なところ、俺にもはっきりとは分からない。でも、こうして君と一緒にいられることを幸せに思えるのは変わらないし、何が変わったのかこれから探すのも悪くはないと思っている。」


 クランはじっと俺を見つめ、静かに前を向いて頷く。


「そうですね。性急に結論を求めれば、千慮の一失を生み出しかねません。わたくし達は聖なる教を担う者として、この国と民衆を導かなくてはならないのですから。」

 ※賢明な人でも、多くの考えから一つの間違いを選ぶこと

 二人の間に少しだけ沈黙が流れる。

 そして、不意にクランはそっと俺の肩に頭を当てた。


「……あなた様。今日はとても良い天気です。お昼はどこか、暖かい日の当たる丘で食事をしませんか?」


 目を閉じて爽やかな風を受けながら微笑む少女。

 そんな彼女に愛おしさを感じつつ、俺は小さな頭を撫でてあげるのだった。


    ×


 わたしは宗教国家都市中央部での騒動の後、周辺地域の訪問をして被害の把握に奔走していた。

 現地の教会やシスター達と協力し、必要とあれば復興の支援も整えながら。

 そして、今は南西部都市へと足を運んでいる。


 他では見られない立派な庭園のある聖堂。

 その管理を任されている幼い少女と並んで庭園内を見て回った。


「もうすっかり躰の調子も良さそうね、パフィーリア。」


 陽の光を受けて輝く金髪を揺らす少女が笑顔を見せる。


「くひひ。ラクリマも、いつも会いに来てくれてありがとうね!」


 わたしは少女と管轄区域が隣り合っているため、何かと様子を見に通っていたのだ。

 色とりどりに咲き誇る花々に目を向けて、何気なく返す。


「気にしなくていいわ。あなたはクランと同じで義妹のようなものだもの。気にかけるのは当然よ。」


 やがて、目の前にガゼボが見えてくる。

 ※西洋風あずまや

 そこには二つの影――長身痩躯そうくの女性と車椅子に乗った赤い髪の少女の姿がある。


「あっ、ヴァネリスにアルス。二人も来てたんだ!」


 パフィーリアは二人に気づき、喜んで走り寄っていく。

 百九十を超える背の高いヴァリスネリアは車椅子を押しつつ、左右非対称の奇妙な笑みを浮かべた。


「……気分はどうかね、アルスメリア。」


「――それはそっくりそのまま返させてもらう、ヴァリスネリア。そんなもの、聞かなくてもわかっているのだろう。」


 明らかに不機嫌な声色で話す赤髪の少女。

 その心内は気まずさと恥ずかしさが混同している。


「あれほど大仰に事をかまえた妾が何故なにゆえ、また転生を果たしたのか……これではにどんな顔をして会えばいいのか、まるで格好もつかない。」


「笑えば良いではないか。その様子だと、君もヒツギ君に興味が出てきたのだろう?次の神鎧お披露目で彼を晩餐会に招待してはどうかね?」


 その会話に金髪の少女が乗っかっていく。


「みんなでご飯を食べれるの!?いいね、きっと楽しくなるよ!」


 賑やかな雰囲気に包まれて、わたしも足を踏み出す。


「面白い話なら、わたしも混ぜてもらうわ。とりあえず、お茶会にでもしましょう。」


 そして、一同が揃って幼い少女の屋敷へと向かうのだった。

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