輪廻

    ◎


 妾は一人、真っ白な光の中に佇んでいた。


 そこは上も下もない空間、浮いているという感覚の方が正しいかもしれない。


「天はふたのように世界を覆い隠し、星の魂が生まれては儚く消え輪廻を繰り返す。我ら巫女神官の因果が集束される時、聖誕曲オラトリオとなって偉大な主の御前へと捧げられる。」


 軽く目を閉じ、一呼吸おいてから想いに馳せる。


「妾はこの世界の未来を憂いていた。正しき信仰と聖なる教の繁栄の為に――低俗で欲と罪にまみれた世界からの脱却。醜悪で呪われた輩を滅ぼして、穢れのない新たな人類の世界を作ること……それは間違いだったというのか。」


 再び瞳を開けば、一人の男が目の前に現れていた。

 妾よりずっと背の高い男は静かに口を開く。


「君は誰よりも敬虔で信心深く、清廉潔白なのだろう――君が作りたかったのは楽園か?それとも理想郷か?どちらにせよ、その場所は人が住むにはあまりに綺麗過ぎて、掲げた理念を人々が背負いきれずにいつかは破綻する。」


「貴様には、この世界を正しく導けるとでも言うのか?」


 その男……ヒツギは肩をすくめて答える。


「俺はクランの神鎧アンヘルであり、彼女を守護まもる剣であり、何よりあの子を愛するただの男だ。王や英雄になりたいわけじゃない。あの子に寄り添って同じ道、望む世界の礎になるだけだ。」


 妾は自然と祈りの言葉を口ずさむ。


「この世は長らく罪と過ちに縛られていた。主が現れ、魂がその価値を知るまでは。ひざまず神鎧アンヘルの声に耳を傾けよ。悠久に輝く信仰の光の導きによって、魂に科せられた隷属れいぞくの鎖は解き放たれる。やがて、その光は星となり新たな秩序と世界のことわりとなるであろう。」


 自身の躰が光に溶け込んでいくような感覚に襲われる。


「……いいだろう、ヒツギよ。妾のつちかった信仰と生命いのちの光をもって、『魂の解放の儀』を完成へと導こう。貴様とクランフェリアの目指す世界とやらを、この星の天蓋から見極めさせてもらうとしよう。」


    ▱


 あたしは光輝く焔に包まれていた。


 不思議と熱くはないけれど、どこまでも揺らめく真っ白な世界。

 深い海の中に沈んでいくような感覚はこれが初めてではなかった。


 ここは一体なんなのか、あたしは知っている。

 聖なる教でいうところの生と死の狭間、死者の魂を浄化する煉獄だ。

 それでも、あたしにとってはただの夢と現の境界でしかなかった。


 あたしは思考する。

 今まで何度、死を経験してこの場所へ来ただろう。

 このまま怠惰にたゆたっていられたら、どれだけ楽だろう。

 けれど、煉獄の焔に焼かれてなお、浄化を拒むように転生してしまう。

 そのたびに膨れ上がる神鎧アンヘルの力はまさにあたしの罪であり業であり呪いそのものだった。


 いくら改悛かいしゅんや懺悔をしても、修行や功徳を積んだとしても、解脱げだつや救済を差し伸べられることはない。

 あたしを包む煉獄の焔は大きな不死鳥の翼となる。

 そしてまた次の一瞬には地獄さながらに続く現実へと降り立つのだろう。


 幾度となく繰り返してきたそれも、しかし今回はどこか違っていた。

 遠くからあたしを呼ぶ声が聴こえる。


 とても居心地が良く懐かしくもあり、思い出そうとしても浮かんではこなかった。



 ……いえ、あたしはこの声を知っている。

 かけがえのない――この方のためなら命を投げうってもかまわないと……そう思えるほどに大切な人。


「ヒルデ!」


 光り輝く焔の中で、手を差し伸べられている気配を感じた。

 あたしは必死に手を伸ばす。

 そして、その指先が触れ合って互いにつかみ合う。


「――御主人様……やっぱりあたしを助けにきてくれたんですね……!」


 嬉しさで涙がこぼれ、止まらなかった。

 終わりのない恐怖や苦痛はもう消え去っています。


 あたしは卵の殻を破る雛鳥のように覚醒していきました――


    ☆


 不思議な暖かい光に包まれていた。


 ここは前にも経験したことがある。

 南西部都市でパフの神鎧アンヘルが暴走して、おにいちゃんに助けてもらった時と同じ。

 頭の中に声が聴こえてくる。


「パフィーリア、いい子だ。はここまでにして、みんなのところへ戻ろう。」


 優しくてかっこいい、大好きなおにいちゃんの声。

 もちろん、パフは大人しく言うことをきく。


「うんっ!ねえ、おにいちゃん。またみんなで一緒に遊んだり、ご飯食べたりできるかなぁ?」


 少しだけ、間を置いてから答えを返される。


「――ああ。クランがきっと、俺達の望む世界……救いのある願いを叶えてくれるだろう。」


 それを聞いて、安心して笑顔になった。


「くひひ。また後でね、おにいちゃん!」


    ×


 宗教国家都市中央部の真上、広大に広がる星空と巨大な幾何学模様に無数の光が立ち昇っていく。

 その光には様々な想いが溢れている。


「……綺麗。」


 思わず小声で呟いてしまう。


 ……東の空が少しずつ明るくなっていく。

 もうじき夜が明ける。

 それと同時に、国家の行く末をかけた大きな出来事に、終止符が打たれたのだと実感をするのだった。

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