覚悟

    ▱


 その中はまるであつらえたように、あたしの躰はぴったり収まりました。

 直ぐに四肢を拘束されて身動きができなくなって、冷たい刃物も間近に感じて心細くなります。

 閉じられた神鎧アンヘルの内部はくらく、クランさんの心の声があたしの頭の中にも伝わってきました。


《どうして……何故、彼はわたくしだけを見てはくれないのですか……わたくしはこんなにも彼を愛しているのに……》


 悲痛な響きを含んだクランさんの想いは、沈んだ怨嗟えんさも生み出します。


《……以前、あなたがわたくしと彼の家に訪ねてきた時、わたくしは暗に警告をしました――わたくしの彼に手を出さないでください、と。けれど、愚かにもあなたは彼の優しさにつけ込んで引かなかった……とてもゆるされることではありません。》


 あたしは息を飲んで、言葉の続きに耳を傾けて。


神鎧アンヘルは宿主の魂の器……わたくしの心の中へようこそ、ヒルドアリア――そして、さようなら。邪智奸佞じゃちかんねい己の振る舞いに下る神罰をその身に刻みなさい。》

 ※ずる賢く、心がねじくれていること


 それは、心優しいクランさんが決して表には出さない無意識的な暗部。


「だ、大丈夫です。あたしは御主人様のために耐えます……それに、きっとクランさんも自分の心と戦っているはずなんですから……!」


    ×


 わたしが目を覚ましたのは、ある強烈な感情や思考を感じ取ったからだった。

 言葉にならない恐怖、終わることのない苦痛、抜け出すことの出来ない絶望に囚われた少女の叫びだ。

 その苛烈さに思わず、耳を塞いで神鎧アンヘルの力を解除する。


「な、何なの……今のは?わたしは一体……」


 辺りを見回しながら、状況を把握するために記憶を整理していく。

 たしか、ヒツギと二度目の決闘をしていたはず。

 でも突然に現れた黒い神鎧アンヘルに強襲されて気を失って……


 そこで、唐突に目の前を紅い焔を纏った白い巨像の神鎧アンヘルが飛び立っていくのを目撃する。


「あれは『バルフート』?……でも、姿がわたしの知っているものじゃない……」


 わたしが気を失っている間に、事態は大きく変わっているようだった。

 ――見届けないといけない。


 知らずに躰は動き、駆け出していた。


    ♤


 クランの神鎧アンヘルは『血算起動』をすると、大きな咆哮を上げた。

 鎧装下の素体が紅く輝き、変形して焔の翼があらわれる。

 ヒルデの神鎧アンヘル『ベルグバリスタ』と融合したかのような姿だ。


 ……この咆哮は、ヒルデの叫びであり断末魔なのだと理解した。

 想像を絶する責め苦を受けて泣いているのだ。

 神鎧アンヘルの内部で何が起きているのか、考えることはしない。

 一刻も早く、巫女の少女を助けるために……!

 クランの傍に駆け寄ると、胸を押さえて苦しそうにしていた。


「……んうぅっ、力が溢れて……心を、抑えないと――!」


 罪垢に飲み込まれまいと堪える彼女を安全な場所に連れてから、優しく告げる。


「クラン、待っててくれ。俺も『バルフート』と一緒に戦ってくる。必ずみんなを助けるからな。」


 そうして、巨像の神鎧アンヘルの肩へと跳躍し、翼を広げた『バルフート』と共にその場を飛び立つ。



 アルスメリアの神鎧アンヘル『ウルスラ』はすぐに俺達に気づき、迎え撃ってきた。

 例の赤い羽根の槍での激しい掃射だ。


 しかし、第二神化を果たした『バルフート』にはもはや脅威ではなく、四枚の肩部装甲での自動迎撃だけで槍を撃ち落としていく。

 俺は自分の大剣『布都御魂ふつのみたま』を可能な限り大きく顕現させる。


「……『バルフート』、俺の力を使ってくれ!」


 巨像の神鎧アンヘルは右手に体躯の倍はある大剣を持つと、下から斜めに振り抜いて『ウルスラ』の左腕を肩から斬り飛ばした。


「ぐぅっ……!だが、この程度で……妾には無限に力があるのだ!」


 天使の神鎧アンヘルは高出力のブラスターで反撃をしてくる。

 大気を引き裂く光の奔流を紙一重で避けるも、その熱量に焼けるような痛みを感じた。

 直撃すれば流石の『バルフート』でもタダでは済まないだろう。

 その間に『ウルスラ』の左腕は斬り口から再生をしてしまう。


「あの力の供給源を何とかしないといけないな。どうしたものか……」


 互いに距離を見計らっていると、不意に『バルフート』の反対側の肩にフードを被った少女の姿を見つけた。

 エノテリアは前を見据えて言葉を紡いだ。


「あなた様、ひとつ考えがあります。わたくしの神鎧アンヘル『ザルクシュトラール』を『ウルスラ』の内部に取り込ませ、供給される力を遮断します。そこをあなた様が神鎧アンヘルごと断ち切るのです。」


「待ってくれ、それでは君はどうなるんだ?まさか君まで身を投げ出すつもりなのか?」


 少女はフードを外して、可愛らしくも半分が火傷した顔を晒す。


「わたくしはこの世界の人間ではありませんから……あなた様に抱いていただいた時から覚悟は出来ています。」


 彼女の傍に黒い神鎧アンヘルがゆっくりと顕れる。

『ザルクシュトラール』、もう一人の俺は静かに口を開く。


「……ヒツギ。やはり、エノテリアは俺が連れて行く。悪くは思うな。俺達の力と願いをお前に託そう。」

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