殉教と犠牲

    ♤


 俺はクランが口にしていることに耳を疑った。

 誰かを犠牲にしなければ、力を得ることが出来ない。

 嫉妬する相手をズタズタに切り裂いてしまうように。

 そしてつい、わかり切ったことを訊いてしまう。


「もし、『バルフート』の内部に取り込まれたとして……その人間はどうなってしまうんだ?助ける手立てはあるのか?」


 巨像の神鎧アンヘルの宿主である少女は答える。


「――その人間は命を落とし、もちろん助けるすべはありません。また、『バルフート』が神化を維持できるのは、取り込んだ人間が絶命するまで……つまり、わたくしの神鎧アンヘルを神化させて力を行使するには、内部にいる者はのです。」


 とんでもない話であると同時に、考えてはいけないことが頭によぎる。

 最愛の彼女が言っていることは普通の人間にはとても不可能だが、唯一この場にはそれが可能な者がいた。

 クランは伏し目がちに神鎧アンヘル『バルフート』とヒルドアリアを見やる。



 ――不死の少女。

 さらには、神鎧アンヘルを使役する特別な巫女神官の血を持つ少女。

 ……俺のことを御主人様と慕ってくれる女の子と目が合った。



 莫迦ばかけた話だ。

 頭を振って、すぐさま考えを振り払った。

 一瞬でも思い至ってしまった自分を恥じる。


「クラン……何か、他に方法はないのか?ここにはまだ、パフィーリアやエノテリアがいる。みんなで力を合わせれば、アルスメリアを止める手段も――」


 そう言いかけ……上空では天使型の神鎧アンヘルが再び巨大な光の槍で、宗教国家内や他の国へ向けて異教徒排撃を始めた。


「猶予は多くありません、あなた様。神鎧アンヘルの運用と維持に限度があり、わたくし達が今できる最善の策があるとすれば……」


 エノテリアはフード越しに俺を見据える。

 その蒼い瞳が訴えているもの。


 アルスメリアが作ろうとしている世界。

 聖なる教と巫女神官が秩序を築き崇拝される未来。

 それは決して、俺達に不都合のあるものではないだろう。

 しかし、エノテリアにとってアルスメリアは仇敵であり、そもそも神鎧アンヘルを戦いの道具として使うことを嫌った。

 彼女アルスメリアが理想とする世界を拒み、信仰と相互理解を模索する道を望んでいる。

『魂の解放の儀』による強引な改変は彼女クランフェリアの信念に対立するし、聖なる教の教義ドグマに反するものなのだ。



 だからといって、その為に巫女の少女を生贄にすることも、理にはかなわなかった。

 それゆえにクランは明確な言葉を飲み込んでいる。


 俺は思わず頭に手を当てた。

 何か手はないか。

 そう考え始めたところで……不意に袖を引かれる。

 顔を向ければ、すぐ傍にヒルドアリアがいた。

 巫女の少女はそっと口を開く。


「……御主人様。あたし、『バルフート』の中に入ります。」


「だめだ。そんなこと、させられるわけがない。それなら、いっそ同じ不死である俺があの中に……」


 迷わず即答する。


「それでは何も意味がありません。それに御主人様が身を挺しても、クランさんの神鎧アンヘルが神化を拒むでしょう。」


 ヒルデは俺の手に小さな両手を重ねた。

 囁くように、俺だけに聴こえるように呟く。


「――これは、あたしの果たしてきた使命であり罰なんです。クランさんからあなたを奪おうとした、あたしの贖罪しょくざいです。」


 いつだって街の人々や信仰のために命を捧げてきたであろう少女。

 俺を助け、諭して導いてくれた彼女は諦念や悟りに似た表情を見せる。


「そんなことは……それを言うなら俺にこそ非が――」


「御主人様。あなたは何も悪くありません――それにあたし、後悔はしていませんよ。いつでも優しくしてくれましたし、楽しかったですから。あなたのためにこの身を使えること、誇りに思います。」


 まるで、最期の別れのような台詞だ。

 そんなものを聞きたいわけでもない。


「ヒルデ、莫迦ばかなことはするな。もっと他に方法があるはずなんだ。」


「ごめんなさい、御主人様。もう決めたことですから……クランさんと仲良くしてくださいね!」


 ヒルデは背伸びをして、俺の頬へついばむように唇を触れてから駆け出した。

 咄嗟のことに手を差し出すも間に合わない。


「――クランさん、お願いしますっ!」


 彼女はクランの傍を走り抜け、かがんでいた『バルフート』の内部へと素早く乗り込んでしまう。


「ヒルデっ!!」


 少女の名を呼ぶも、届く前に巨像の神鎧アンヘルの胸部は固く閉じられてしまった。

 目をつぶっていたクランは静かに紅い瞳を開き、語る。


「不死と怠惰を体現する者。煉獄の劫火ごうかは、あなたを裁くことはなく――それならば、わたくしが身を引き裂く地獄の苦痛を与えましょう……ヒルドアリア。あなたは今、殉教者の階段に足を掛けています。わたくし達の関係を、正す時が来たのです。」


そして、力ある言葉を紡ぐ。


「――『血算……起動』!!」


 巨像の神鎧アンヘル『バルフート』は、紅蓮の焔のような輝きを纏って動き出すのだった――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る