神化

    †


 夜降よぐたつ宗教国家都市中央部の街中に激しい銃撃や爆発音が響きます。


 わたくしは先行するヒルドアリアに続いて神鎧アンヘル『バルフート』を顕現しました。

 主兵装である左腕の大型機関銃が最も威力を発揮できる射程距離を保ちながら、目標であるアルスメリアの神鎧アンヘル『ウルスラ』へ狙撃を行なっています。


 けれど、白い天使の神鎧アンヘルの周囲には十字架型の防壁が展開されていて、銃撃が通りません。

 不死鳥の神鎧アンヘル『ベルグバリスタ』の火球による爆撃も同様です。


 神鎧アンヘルに強力な防壁や耐久性がある――ということはそれだけ強固な精神や他を寄せ付けない信念を心に宿しているということ。

 それを打ち破れないわたくし達に足りないものはただ一つ。

 アルスメリアに対する圧倒的な殺意でした。


 同じ巫女神官で恩師でもあるヴァリスネリアをたおしたわたくしに迷いはありませんが、それでも『ウルスラ』を撃ち貫くには至りません。


「元々、アルスメリアの神鎧アンヘルには遠距離攻撃に対して無敵に等しい防壁や耐性があります。ですが……」


 わたくしのヒツギ様の近くで解説をするエノテリアが言葉を途切らせたその時。

 突如として強風と竜巻が起こり、その中から数十メートルを超える神鎧アンヘルが顕現します。

 それは巨大な女王アリに人の上半身、背中には八本の鉤爪のついた白い異形の姿。

 パフィーリアの神鎧アンヘル『クインベルゼ』でした。


「……この場にパフィーリアが居合わせたのは僥倖ぎょうこうした。」

 ※思いがけない幸運のこと

 絢爛に輝く星空の下に、無邪気な少女の声が響き渡ります。


「くひひっ!アルスメリア、パフとも遊ぼうよぅっ!」


 白い女王アリの神鎧アンヘルは巨体に見合わぬ俊敏さで天使の神鎧アンヘルに詰め寄ると、背中の鉤爪を三本ほど勢いよく振りかぶって。

 わたくし達が苦労しているはずの防壁を易々と切り裂き、『ウルスラ』の本体へと深く突き刺していきました。


「ほらほら!パフの神鎧アンヘルはこんなに強くなったんだよ!アルスが本気を出さないなら、このまま食べちゃおうかなぁああっ!」


 パフィーリアは嘲笑わらいながら、次々に八本の鉤爪で串刺しにしていきます。

 幼い少女の精神状態が気になりますが、この機を逃してはなりません。

 わたくしはバルフートの花弁状の肩部装甲から推進剤を噴射し、回り込ませるように高速で移動させました。

 右腕のアンカーブレードを地に突き立てて神鎧アンヘルを固定して、左腕の大型機関銃で精密射撃を始めます。

 必殺の弾丸は『ウルスラ』の防壁の破れた隙間を抜けて本体へと撃ち込まれて。


 しかし、それでも白い天使の神鎧アンヘルたおせずにいて、致命傷を与えるにはその体躯はあまりにも巨大過ぎました。


「おのれ……!妾の邪魔を――するなっ!」


 アルスメリアは一喝して神鎧アンヘルの身をひるがえすと、瞬く間に鉤爪の届かない上空へと飛び上がります。


「あっ、アルスずるい!」


 そして、背中の十二枚の赤い翼から槍のような羽根を雨のごとくに降り注がせました。


「クランっ!」


 ヒツギ様はわたくしの躰を腕に抱き、飛んでくる赤い槍を大剣で弾いていきます。

 その間に、『ウルスラ』と同じ高度を飛んでいたヒルドアリアの不死鳥が特大の火球を放ち。


 辺りはまるで昼間のような眩さと熱に包まれ、思わず目を瞑り……


 収まる一瞬後には、再び防壁に守護まもられた天使の神鎧アンヘルの姿がそこにありました。


「やっぱりダメですぅ、御主人様。あたしとクランさんでは相性が悪過ぎて……良いところまではいってたんですが……」


 ヒルドアリアを乗せた白い不死鳥がわたくし達に並びます。


「今の彼女アルスメリアには神鎧アンヘルの力が無限に供給されている状態ですから。対等に戦えるようにするのなら、その流れを断たなくてはなりません。もしくは――」


 エノテリアはそこで言葉を区切り、わたくしを見つめました。


神鎧アンヘル『バルフート』の第二神化なら……あの天使をたおすことができるでしょう。」


    ▱


「『バルフート』の神化だって?そんなことが出来るのか、クラン?」


 怪訝な表情でクランフェリアさんを見やる御主人様。

 当のクランさんは難しい顔をして、口元に手を当てて話します。


「……確かに『バルフート』を神化に至るまで、力を高めることはできます。けれど――わたくしの場合、他の巫女神官方とは方法が全く異なるのです。」


 他の巫女神官……パフィーリアやヴァリスネリアは罪垢に飲まれてしまうことによって、自分の神鎧アンヘルを新たな姿へと変貌させ力を得た。

 でも、クランさんはそれだけではダメだというのでしょうか。


 クランさんの神鎧アンヘルは彼女の後ろに降り立つと、胸部が観音状に開いて内部が露わになります。

 その内側には人が一人収まるほどの空間と、大量の鋭い刃物やとげ――さながら残酷な拷問器具といった構造になっていました。


 あの、人の入れる空間……なんだか、あたしの躰にぴったり合うように見えるのは気のせいでしょうか……


「わたくしの神鎧アンヘル『バルフート』を神化させるためには――わたくしの罪垢を燃え上がらせ、かつその者が死に至るまで『バルフート』に血を注ぎ続ける必要があるのです。」

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