死闘

    †


 わたくしは『バルフート』に迫る巨大な異形の怪物を見据えます。

 師であるヴァリスネリアは増大し続ける神鎧アンヘルを通して、心の内に秘めていたものを吐露していました。


 普段から冷静沈着な彼女が驚くほど情動を晒しているのに対して、不思議なくらいに心が落ち着いたままで。

 わたくしは告げました。


「――ヴァリスネリア。わたくしはあなたが思うような立派な人間ではありません……わたくしはいつも考えていました。自分の行ないは正しかったのでしょうか。、心もなく意思を介在させずに生きられたらどんなに楽だったでしょうか、と。」


 話しながら、神鎧アンヘル『バルフート』は右腕のアンカーブレードで襲い来る異形の節くれだった腕を斬りつけ払います。


「ですが、彼――ヒツギ様との日々に、わたくしは確信したのです。自分は決して間違えていなかったのだと。わたくしを理解して、身も心も全て受け止めてくれるあの人に出会えたのは運命的な必然なのだと。」


 異形の怪物の腹部へ何千と弾丸を撃ち込みながら、肉薄するように降り立ちます。


「今のわたくしに迷いはありません。ヴァリスネリア……敬意と恩義の感謝は――貴女を業苦から解放することで返させていただきます!」


 そして。

 わたくしは『バルフート』のアンカーブレードを『バルトアンデルス』の心臓部へと深く突き立てたのでした――


    ♤


 ラクリマリアとの決闘は熾烈を極めていた。


 彼女の神鎧アンヘル『ファーデルメイデン』は手にした大剣レイピアに加え、その背に浮かべた四本の剣も武器として振るってきたのだ。

 宙に浮かんだ四本の剣は次々に襲いかかり、俺の四方から貫かんとばかりに飛んでくる。


 そのたび、限界まで身体能力と神経を研ぎ澄ましてさばき、切り払っては神鎧アンヘル本体の攻撃も受けなくてはならない。

 とてもじゃないが、息つく暇すらなかった。


 唯一、救いがあるなら……考える間もなく、ほぼ勘や反射的な防衛本能のみで対応していることで、ラクリマリアに思考を読まれることなくしのげているというところか。

 とはいえ、防戦一方にされて攻める手立てが全くないのは問題だった。


「ヒツギ。貴方は本当に腕の立つ強い男ね。こうして未だ深手を負うことなく、斬り結んでいるのだから。」


 彼女は距離を置いた位置から悠然と構えて話しかけてくる。

 その間にも、騎士の神鎧アンヘルは目の前に対峙して、俺の周囲には四本の剣が取り囲むように浮かんでいた。

 肩で大きく息をしながら、気を張り続ける。


「……貴女こそ。やはりあの時は全力を出していたわけではなかったんだな――もちろん、今も。」


 そう。

 本来、俺を八つ裂きにしようと思えば出来るはずなのだ。

 いくら剣の達人であろうが、四方から同時に斬りつけられれば回避のしようがないのだから。


 だが、それをしないのは何故なのか。



 俺の言葉には返答せずに、再び神鎧アンヘルと四本の剣の時間差による強襲が始まる。

 それを自身の大剣『布都御魂ふつのみたま』で薙ぎ払いながら、考えた。


 ――おそらく、彼女は四本の剣を同時に、操り続けることは出来ないのではないか。

 神鎧アンヘル本体も合わせれば、操る対象は二つが限界なのかもしれない。


「なかなか良い読みをしているわ、ヒツギ。確かに、わたしは全ての剣と神鎧アンヘルを同時に制御することは難しい――けれど、こういう事も出来るのよ。」


 そう言うと、彼女は唐突に右手を振り払った。


 俺は騎士の神鎧アンヘル『ファーデルメイデン』と大剣を打ち合いつつ、袈裟懸けさがけに襲い来る剣を受け止めた瞬間――

 身体に衝撃が走り、右腕と腹部に二本の剣が突き刺さっていた。



 ……四本の剣を同時かつ複雑には操れない。

 しかし、直線的で単調な軌道なら身振り手振りで操作出来てしまう、ということか。


 自然と片膝を地につけてしまえば、ラクリマリアは笑みを深めた。


「――卑怯だと思うかしら。けれど、誇っていいのよ……だって、ここまでわたしを貴方に熱中させたのだから。」


 彼女は左手のレイピアを俺に向けると。

 白い騎士の神鎧アンヘルと四本の剣がぴたりと、とどめの一撃をささんばかりに狙いを定めた。


「惜しむらくは……一度でも貴方と、別の関係を結んでおきたかった、ということくらいかしらね。」


 ラクリマリアの翠の瞳が輝き。

 一斉に神鎧アンヘルや四方の剣が動き出した。



 ここまでなのか。


 そう、思考が浮かぶ寸前だった――



 周囲に真っ黒な球体状の防護壁が生まれ、俺を切り裂くはずの攻撃が弾かれていた。


 そして、目の前に黒い影が迫り上がってくる。


「――相変わらず甘い男だ、もう一人の俺。よく見ていろ、をな。」



「ど、どうして貴女がここに……いえ、まだ生きて――」


 戸惑う彼女の声に構わず、黒い神鎧アンヘルは即座に白い騎士へと突撃すると。


 問答無用で渾身の掌底を騎士の神鎧アンヘルの頭部にちかまして、裕に三十メートルは吹き飛ばしてしまった。

 そのあまりの衝撃に、ラクリマリア自身も昏倒するように倒れ込んだ。


「くだらない決闘に付き合うくらいなら、頭のひとつ小突いてやれ。」


 俺と同じ声では言った。

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