強欲

    †


 神鎧アンヘル『バルフート』は宗教国家都市中央部の街並み、ギリギリまで低空を飛行していきます。

 その前方に、わたくし達を乗せた白い不死鳥を狙い撃ちしている、時計塔に張り付く白い大蜘蛛を捉えました。


 花弁を模した四枚の肩部装甲から自動迎撃機関銃ファランクスを展開し、白い異形を目標に数千発の射撃を開始します。

 豪雨のように降り注ぐ弾丸は大蜘蛛を中心に時計塔の外壁を穿うがちました。


 異形の神鎧アンヘル『バルトアンデルス』は音速の衝撃波による防壁で機関銃の掃射を弾くと、即座に飛び跳ねて立ち位置を変え背中の砲塔を『バルフート』へと向けます。

 けれども、わたくしの神鎧アンヘルはすでに左腕の主兵装である大型三連機関銃で狙いを定めていました。


「愛するヒツギ様とわたくしの未来のために……その行く先を阻むと言うのなら、師であるヴァリスネリアと言えども容赦は致しません!」


 高速で回転する銃身と同時に銃口から火が吹き、轟音が街中に響き渡ります。


 必殺の弾丸のことごとくが『バルトアンデルス』の背部を連装砲ごと撃ち貫きました。

 白い大蜘蛛は時計塔とともに地に崩れ落ちて足掻きます。

 そのすぐ傍には長身痩躯そうくの宿主の姿。


「――っクランフェリア……力の半分を奪われてなお、この強さか……流石、私の弟子だけのことはある――だが、まだだ!まだ私にも天上へと到達しきざはしが残されている筈だ!」


    ♢


 これは私への罰か。

 それとも呪いか。


 私はこれまで多くの信徒の命を先導し、財を集めてはかりに掛け、そして権力をもって宗教国家都市は聖なる教の為に尽力をした。

 ……私自身の膨れ上がる強欲になぞらえている事を自覚しながら。



 ――本来、聖職者というものは『』でなくてはならなかった。


 自らを律し清貧であり、禁欲を貫き、信徒の模範となるべく信仰を捧げる存在。

 しかしながら、その理念を掲げ続けるのは困難を極めるものだ。


 私はシスターとして、巫女神官として、また教職に就き教鞭を振るう中で一つの結論に至った。


 神に対し、理想的な信徒であり続けることが出来ないのであれば、その逆を極めれば良い。

 罪深く愚かな信徒であると認め懺悔ざんげをし、神の憐れみにすがり救済を授かるのだと。

 背信、あるいは背徳とも取れる姿は敬虔な信者へと促がす反面的な教訓となり、東部都市を支える貴族の在り方として支持を得た。

 私の業や罪は免罪符になり得るのだと信じて疑わずに。

 その末、私は主の寛大さと愛を感じずにはいられなかった。


 しかし、それはやはり思い上がりでしかなかったのか。

 今や目の前には花のような白い巨像の天使が、私を断罪すべく銃口を向けている。


 かたや自身は満身創痍でありながら、なおも湧き出る強欲の渇望によって神鎧アンヘルは新たな姿へと変貌を遂げていた。



 神鎧アンヘルの第二神化。

 名をつけるのなら『バルトアンデルス・ゲルニカ』だろうか。

 白い大蜘蛛の神鎧アンヘルは、傷ついた背部から牡牛や狐といった動物、または腕や脚などの人体の一部が次々と生えていき、何物にもたとえられないほどの異形の怪物と化していた。

 そして、その大きさは四十メートルを超えて、私の躰をも取り込んでいく。


「我が愛弟子、クランフェリア。君には今の私がどの様に見えているかね……醜いか。無様なものか。滑稽だろうか。」


 半身が神鎧アンヘルに埋もれ、やがては大蜘蛛の胎内へと飲まれる。

『バルトアンデルス』の腹部にある人の口から私の声を発した。


「だが、そのどれもが正しく私だ。諷喩ふうゆ※智慧ちえはいつでも、それをなみする愚者の跳躍に敗北する。この私が異教徒達によって辛酸をめさせられてきたように。」

 ※たとえによって本義をそれとなく表現したり推察させたりする比喩法のひとつ

 異形の怪物は地を這いながら、いくつも節くれだった人の腕を生やしては振りかざして、巨像の神鎧アンヘルへと掴みかかる。


「私は何もかもを思いのままにしてきたが、何もかもが思い通りにならなかった。君ですらそうだ、クランフェリア!出会いこそ君の母君にまつわるものだが、私は君にのだよ!」


 私には決して成れなかったもの。

 私自身を浮き世のしがらみから解き放つ存在を。


 古来より、貴族の女というものは不自由の代名詞だった。

 言動や思想はもちろん、指先や歩き方の一つまであらゆる作法を人形の如くに仕込ませる。

 政争や家名を上げる道具として恋愛や婚姻など、その最たるものだ。

 ある意味で貴族の娘というのは『売り物』なのである。

 だからこそ私は、同じ不自由ならば宗教国家都市において、不可侵の権利を有するシスターとなったのだ。

 それこそ神鎧アンヘルを発現した功績により最上位の巫女神官ともなるが、聡明で謹厳実直なクランフェリアは私の理想として更に相応しかった。


 私はアルスメリアから『魂の解放の儀』のことを耳にした時、彼女を利用出来ないかと考えた。

 主に捧げるとして――その対価に私が現世の神となることを。


「そうだ……今度こそ使、儀式を遂行することで私は己の魂を昇華させるのだ!」


 叫びにも似た私の声に対して、白い巨像の神鎧アンヘルを通した彼女の答えはしかし、ひどく冷ややかなものだった。

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