応酬

    ♤


 開戦は中央部都市の上空圏内に入った瞬間に開かれた。


 突如として飛来した砲弾によって、不死鳥の巡航飛行を妨げられたからだ。

 進行方向を連続した砲撃で狙い撃ちにされているが、ヒルドアリアは神鎧アンヘル『ベルグバリスタ』の高度を上げつつ旋回して回避した。


「この攻撃は……ヴァリスネリアです、あなた様!砲撃場所は大聖堂近くの時計塔からです!」


 クランは俺にしがみつきながら、即座に位置を特定してくれる。


「御主人様、しっかり掴まっていてくださいね!速度を下げたら『バルトアンデルス』の不可視の弾丸が飛んできますので!」


 忠告してくれるヒルドアリアによると、白い大蜘蛛は背中の連装砲による砲撃にいくつか種類があるらしい。

 クランは冷静に分析をする。


「ヴァリスネリアの神鎧アンヘルは周囲の音を吸収して、それを弾薬とする言語兵器です。こうして会話が出来るということは、まだ不可視の弾丸は装填されていません。」


 一番強力な攻撃――視認出来ず、対象を分子レベルで消滅させる弾薬は、使用に特殊な制約があるようだ。

 逆に言えば、この一帯が無音にされた瞬間、危険度は格段に上がるということだ。


「ヒルドアリア、『バルフート』を離してください。わたくしが『バルトアンデルス』を撃退します。」


 自分の師であるにも関わらず、そう言ってのける少女の眼には戦う意志が宿っていた。

『バリスタ』の鉤爪から『バルフート』が解かれると。


「――『血算起動』……!」


 クランは目を閉じて、神鎧アンヘルの操作に集中する。

 巨像の神鎧アンヘルは、花弁のような四枚の肩部装甲を開いて推進剤を噴射し、そのまま高速で時計塔へと飛行していった。


 それと同時に俺は、とある神鎧アンヘルの力を感じ取ってしまった。

 騎馬に跨がった一人の女性とともに――大剣を地に突き刺し、柄に両手を重ねた白い騎士の神鎧アンヘルが俺達を見上げている。


「……ヒルデ、近くにラクリマリアを見つけた。彼女が俺達の敵であるのか、確かめてくる。」


「この感じ……御主人様、危険です。ラクリマリアさんは間違いなく、あたし達の敵です!」


 正直に言ってしまえば、一度は剣を交えたあの女性が俺達の味方であるとは思っていなかった。

 むしろ、こうして神鎧アンヘルを顕現させて姿を現したということは、以前の闘いの雪辱を晴らしに来たのだろう。

 無視をしてもよかったが、アルスメリアとの戦いに横槍を入れられてはたまらない。

 決して彼女を下に見ているわけではないが、少しでもリスクは排除しておくべきだった。


「……行ってくる。クラン、また後でな。」


 しっかりと抱きついている少女からそっと離れると、不死鳥が低空を飛ぶタイミングで近くの建物の屋根へと跳び移った――


    ×


 わたしは神鎧アンヘル『ファーデルメイデン』とともに、噴水のある中央広場で彼を待ち続けた。

 上空には白く巨大な不死鳥が飛び回り、同じく白い花弁のような肩部装甲のある巨像の神鎧アンヘルが頭上を越えて時計塔へと向かうのを見送る。


 ……最初からクランの邪魔をするつもりはない。

 彼女が師と闘うのであれば見届け、場合によっては手助けすらするかもしれない。

 なぜなら、わたしの白い騎士の神鎧アンヘルは、ヴァリスネリアの白い大蜘蛛の神鎧アンヘルにとても有利なのだから。



 けれど、わたしには……


 それ以上の思考を巡らす間に、一人の青年が目の前に現れた。


「……思ったより早かったわね。そんなにわたしに逢いたがってくれたのかしら。」


 微笑みながら語りかけると。


「これから剣を交える相手と漫談ると、情が移って剣がにぶるんじゃないか?」

 ※とりとめのない話のこと

 わたしはつい可笑おかしくなって笑ってしまった。


「心配はいらないわ。わたしにとって、決闘は男女の営みと同義。いつでも全力で躰を張っているのよ。なんなら、の方でお相手しましょうか?」


 冗談半分、本気半分で問い掛けてみる。


「……遠慮しておくよ。それに、きっと互いにが合わないだろう。」


 そう言って彼は右手をかざし、虚空から身の丈ほどの大剣を顕現させた。

 わたしの傍らには、すでに騎士の神鎧アンヘルが控えている。


「残念ね。でも、貴方の言う通り。わたしは攻める方が好みなの。あの子――クランフェリアを貴方に取られてしまって、とても悲しいわ。」


 含みを持たせて返したつもりが……


「――クランは今でも貴女を姉のように慕っているさ。さぁ、おしゃべりはここまでだ。悪いが、ここで時間を無駄には出来ない。」


 彼の言葉に。

 わたしの思考は急速に切り替えられる。


「そうね。始めましょうか。わたし達に相応しい蜜月のひと時を。」

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