星辰

    ♤


 俺達が異変に気づいたのは、あれからすぐのことだった。


 巫女神官のクランとヒルドアリアはもちろん、俺ですら感じ取れるほど強力な神鎧アンヘルの力。

 それは、空に浮んだ巨大な幾何学模様の真下――宗教国家都市の中央部あたりが発信源だとわかった。


「どうやら、アルスメリアは中央部の保養施設にいるようですね。彼女の神鎧アンヘルの力が強くなっています。ヒツギさん、クランさん。あたし達も打って出ましょう。」


 ヒルドアリアの一声に俺とクランは頷き、屋敷の外へと向かう。

 広い中庭で彼女達は同時に神鎧アンヘルを呼び出した。


「主の御心のままに……!」


「いきますよ!『バリスタ』!」


 白い巨像の神鎧アンヘル『バルフート』。

 同じく白い不死鳥型の神鎧アンヘル『ベルグバリスタ』。

 どちらも勇壮で頼もしい尊影だが、二十メートルを超える『ベルグバリスタ』に対して『バルフート』は六メートルほどだ。

 以前は十メートルは超えていたことを考えると、クランはやはり完全な状態ではないらしい。


 巫女神官筆頭であるアルスメリアと戦うにあたって、俺がどれだけ役に立てるのかはわからないが、『バルフート』のつゆ払いにはなるだろうか。

 俺達三人は白い不死鳥の背に乗り、『ベルグバリスタ』が白い巨像の腰部を掴んで空へと飛んだ。


「それじゃ、行きますよ!しっかりと掴まっていてくださいね!」


 その声に身を低くして体勢を整えると、クランが俺の懐に抱きついてきた。

 思わず彼女を受け止めると、ヒルドアリアはいよいよ我慢が出来なくなったのか……


「――あたしもこっちがいいでしゅうぅううっ!」


 クランのいる反対側に抱きつかれてしまった。

 身体の両側に少女達を抱えて、少しばかりたじろいでしまう。

 仕方ないので、そのまま号令をかけることにした。


「いくぞ!『バリスタ』!」


 すると、白い不死鳥は俺の声に応えて加速し、宗教国家都市の中央部へと羽ばたくのだった。


    ♢


 天空に巨大な幾何学模様が浮かび上がった一方その頃、私は中央部都市の大聖堂の近くに立つ時計塔に訪れていた。


 アルスメリアはすでに『魂の解放の儀』を執り行い、我ら巫女神官の悲願を成就させる為に身を削っているところだろう。


 宗教国家都市の輝かしい未来と繁栄の為に……!



『魂の解放の儀』によって叶えられる願いはただ一つ。

 その後、力を使い果たした神鎧アンヘルは新たな宿主へと還ることとなるはずだ。


 しかし、それと同時に私自身の願望、この身に宿す神鎧アンヘルが囁く――


 他の巫女神官やアルスメリアすらも出し抜いて願いを叶え、この世の全てを我が物にするのだ……と。



 私は時計塔の最上階へと続く螺旋階段を上りながら、思いを巡らせる。


 宗教国家都市で五指に数えられる貴族に生まれ、代々から東部都市を支えてきたその末裔として。

 聖なる教を担う七人の巫女神官の一員として。


 私は今、『世界の王』という新たな権威を手中に収める階段に足を掛けているのではないか……と。


 ――世界を包む星空の下、我らが偉大なる主の御前にて。

 古の式は去り、新たな祭式が立現する――


 なんと栄誉に満ち足りた至高であろうことか。



 ――だが、私の精魂にある天秤は一方に傾くどころか、揺らぐことすらなかった。


 ……何故だ。

 あらゆるものを手にしなければと、強迫観念にも似た強欲さこそが私の罪であり、免罪符でもあった。

 それが、この期に及んで未だに平静を保ったままでいることに驚愕する。



 私は時計塔の最上階へと到達し、展望室から宗教国家都市の中心を見渡した。

 満点の星空に浮かぶ巨大な幾何学模様の下、静かに伏し拝む街並み。


 今宵は星辰が揃う夜となる。

 星々が天蓋を焦がし、終焉と目覚めの時が訪れる。


 そして、それを阻害する者もまた現れるだろう。



 そうだ。

 あの男――ヒツギがこの中央部都市へとやってくる。

 六位巫女神官エノテリアとともに儀式を妨げ、大事な弟子であるクランフェリアをかどわかした

 ※力ずくで、または騙したりして連れ去ること

 奴を此処ここで迎え撃ち葬るのだ。

 アルスメリアがエノテリアを処したように!


 それを果たしてこそ、私は次の舞台へと登ることが出来るのだ……!


「巫女神官が本来、人々に与えるべきもの――究極の恐怖、狂気を呼ぶ恐怖。苦痛や厄災!それを己が身で存分に味わうが良い!――いでよ、神鎧アンヘル『バルトアンデルス』!」


 我が白き大蜘蛛の神鎧アンヘルは、時計塔の外壁に貼り付くように顕現するのだった。

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