決戦前夜
♤
俺はクランとともにヒルドアリアの母屋の一室に案内されていた。
神社に隣接した広大な敷地と由緒正しい雰囲気のある屋敷は、パフィーリアの洋館風のものとはまた違った趣がある。
神社での厳かさとは異なる、ゆったりとした空気感はヒルドアリアののんびりさを思わせて、どこかホッとしてしまうくらいだ。
「落ち着いて休めるのも、今この時だけかも知れませんね。あなた様。」
日が傾いて肌寒くなり部屋で二人きりになると、クランは俺にしなだれ掛かってきた。
いつでも休めるようにと用意された布団を並べて敷いていたが、早くも彼女は
服の隙間から柔らかな肌に触れてまさぐると、最愛の少女は躰を震わせながら。
「んんっ……ふふ、あなた様ったら……」
受け入れては嬉しそうに吐息に熱をこめる。
ゆっくり押し倒して求め、いよいよクランも甘い声を漏らし始めたところで不意に部屋の戸が開かれた。
「御主人様っ!お夕飯の支度が整いましたよ……って、わぁあ!?」
「えっ。あ、きゃっ……」
反射的に身を離そうとするが、胸を晒され可愛い悲鳴をあげたクランに抱きつかれた。
彼女を抱え込んで、今にも事が始まるかのような体勢だ。
部屋に入ってきたヒルドアリアは顔を真っ赤にして俺達を凝視している。
「あわわ、お邪魔でしたかっ?……はっ!?まさか、あえて見せつけて行為に至った上で、今度は戸惑うあたしへと手を伸ばした御主人様はあたしを組み伏して――はわわぁっ、それ以上はだめでしゅうぅっ!?」
頭を抱えて、くねくねと身をよじらせる巫女の少女。
「――ああいや、俺が悪かった……ヒルデ、落ち着いてくれ。」
身を起こして声をかけると、キョトンとした顔で見返される。
衣服を押さえつつ座り直したクランは、行為を中断させられたことに頬を膨らませていた。
「あれ、終わりですか?あの……あたしの後学のためにもぜひ続きを――」
ヒルドアリアは何かを期待しているらしい。
不満げなクランの背を撫でてなだめながら、俺は間の抜けた空気をどう切り抜けようかと思案するのだった。
◎
宗教国家都市中央部、大聖堂から少し離れた巫女神官の保養施設に妾は訪れていた。
施設を繋ぐ連絡通路にある螺旋階段、その先の展望台に足を運ぶ。
そこには七つの
それらの中心に、顔の右半分と両腕が包帯に覆われた妾がひとり立つ。
「――善と悪、光と漆黒の
声を張り上げ、傷む両腕を天に
夕闇が空に広がり、遠い二つの月と星空が目に映る。
「聖なる教、偉大なる我らが主よ!忠実な使徒、巫女神官筆頭アルスメリアのこの身、その聖痕をもって世界の覆いをはずさんとする!」
しかし、もはや世界の歪みを正すための猶予などない。
正しき教義と戒律、美しき信仰のもとに立ち顕れる三千世界。
その扉が妾の視界に、確かに見えていた。
☆
それはちょうど、寝る前にバルコニーから星空を眺めていた時のことだった。
北東の位置、宗教国家都市の中央部のあたりから一条の光が天に伸びたかと思うと。
満点の星空、その真ん中に大きな幾何学模様が顕われた。
二つの月と相まって、とても幻想的でキレイ。
けれど、どこか不安にさせる予感めいたものがパフの心の中に広がった。
以前、
心が黒く染まっていき、それでもなぜか解放的な気分になってしまう。
パフの『クインベルゼ』が囁く。
ゆっくりと両手を
「おいで!『クインベルゼ』!」
そして、
――行こウ。
アノ場所へ。
×
わたしは南部都市の聖堂、少し離れた邸宅の庭にあるサロンから夜空に浮いた魔方陣を眺めていた。
葡萄酒に満たされたグラスを傾けながら祈りを捧げる。
「我が主よ、なぜわたしをお見捨てになったのですか……」
盛りのついた輝かしい夜の街に負けず、その円環の絢爛さに嘆息しながら。
手に持ったワイングラスを飲み干して。
「いいえ――これは、神の永遠なる計画の内において予め定められた出来事……わたしの魂は必ず命を得、子孫は神に仕え、主のことを来るべき代に語り伝え、成し遂げてくださった恵みの御業を民の末に告げ知らせる。」
そっと、ソファーに立てかけたレイピアへと左手を伸ばす。
「未来における善なる人々の魂の勝利と神の栄光を示すために。」
わたし達七人の巫女神官、その筆頭アルスメリア。
わたしにとって妹のようなクランフェリア。
どちらにつくのか、ずっと考えていた。
それは今でも葛藤を続けている。
しかし、それ以上に。
――もう一度、ヒツギを闘いたい。
わたしの心に、熱く燃え上がる高揚感と鮮烈な恐怖を刻みつけた男と。
「示しましょうか、わたしの守るべき尊厳を!」
わたしの目の前に、騎馬に跨がった白い騎士の
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