交錯

    †


 わたくしは保養施設の自分の部屋で、寝るための支度をしていました。


 不意に月明かりの差す窓へと目を向けると。

 それは宗教国家都市の北部の方向でしょうか。

 天の夜空に向けて一筋の光の束が伸びていることに気づきました。


「エノテリア……」


 隣に並んだあの人が言葉を漏らします。

 その手には血に濡れたロザリオ。


 わたくしには彼女の神鎧アンヘルの力を感知できませんが、彼は何かを感じているのでしょう。

 その意味を、わたくしは何とはなしに察しました。


 ロザリオを握りしめて悲痛な面持ちをするヒツギ様を、わたくしは抱き寄せてベッドへ招きます。

 そして、彼に寄り添って語りかけました。


「あなた様、きっと大丈夫です。もう一人のは不倒の強さを誇ります。今はただ、心と躰を休めることを考えてくださいね。」


 優しい月の光に照らされて、ゆっくりと二人の影を重ねたのでした。


    ♤


 次の日の朝、俺達は軽く朝食を食べてから、保養施設内のヒルドアリアの庭園に向かった。


 大きな池に沿って石造りの道を歩きながら、物々しい社の前に二人で立ち止まる。

 異彩を放つその社は近づく者を拒む雰囲気があり、隣に立つクランは俺の腕に抱きついてきた。

 そんな彼女の頭を撫でてやりながら、ゆっくりその中へと足を踏み入れる。


 薄暗い社の中は整然としていて、正面奥に翼を広げた大きな鳥の彫像が置かれていた。

 これはヒルドアリアの神鎧アンヘル『ベルグバリスタ』を模したものだろうか。

 不思議と生暖かい空気に奇妙な感覚を味わいながら、周りを調べていく。


「あなた様、ここには何があるのでしょうか……わたくし、なんだか怖くて……」


 不安げな表情ですがりつくクラン。

 俺は出来るだけ優しく彼女をなだめる。


「ここには俺達の助けになる何かがあるはずだ。もう少しだけ、我慢していてほしい。」


 少女の背中を撫でながら周囲に視線をめぐらすと、鳥の彫像の土台に異変を覚えた。

 彫像自体は木製なのだが、その下の土台は石材に蓋をしたかのような作りになっていたのだ。


 慎重に像を掴み、壊さないように持ち上げると意外に軽く、土台の傍らに置いては蓋の木材を外す。

 そこには地下へと続く、人が一人通れる狭い穴と梯子はしごが掛けられていた。


「あなた様……これは抜け道でしょうか。でも一体どこに通じているのでしょう?」


 一緒に覗き込むが、その先に何があるのかはまったく分からない。


「とにかく入ってみよう。俺が先に行くから、君は後からついてきてくれ。」


 クランがうなずくのを見てから、梯子はしごを降り始める。

 足を踏み外さないよう気をつけながら、彼女の様子も気にかけた。

 五メートルほどで底に降り立つと、今度は螺旋状に階段が続く。

 まるで迷宮にでも迷い込んだかのようだ。

 幸い、いくつかの小さな照明器具が置かれた台があり、ランタンに火を灯して先に進むことにした。


 螺旋階段を降りきると、坑道のような通路が緩やかにくだって伸びている。


「思った以上に深いな。このまま保養施設の敷地を抜けてしまいそうだ。」


 延々と続くのでは……と頭によぎったが、ほどなくして一つの扉が現れた。


 俺はクランと顔を見合わせてから、その扉を開く。



 ――そこは言い表すなら地下避難部屋だった。

 所狭しと食料品や保存用の水が置かれ、本や一時的な生活に必要な道具が揃えてある。

 規模は大きくないが、数人ならば何ヶ月も過ごしていられるだろう。


 そして、その部屋には一人の少女がいた。


「……やっと来たわね。あなた達を待っていたわ。もっとも、わたし自身あまりのんびりとはして居られないのだけど。」


 その子はクランと歳が同じくらいだろうか。

 腰ほどある金髪の、肩を出したワンピースにコルセット、少し無骨な上着を羽織った美少女だ。


「あなたは一体……ここで何をしているのですか?」


 クランが少女に訊ねた。


「わたしのことはどうでもいいわ。あのお下げの巫女から頼まれているの。あなた達が来たら案内するようにって。こっちについてきなさい。」


 言われるままに後をついていくと、避難部屋を抜けた先にトンネルと蒸気自動車が目に入った。


「これは最新の蒸気自動車で、排出される蒸気を抑えて速度も出せるわ。航続距離も片道なら、北西部まで補給も必要なく辿たどり着けるでしょう。」


 淡々と蒸気車の点検、荷台へ食料や水を積み込む彼女。

 どうやら俺達が北西部のヒルドアリアの下へ行こうとしているのを知っているらしい。


「君は……どうして俺達のことを助けてくれるんだ?」


 俺の問いかけに金髪の少女は振り向いて答える。


「あなたには、やらなければならないことがある。そして、わたしにも――わたしはあなた達を手伝い、大切な友人を助けに行かなくてはならない。それだけの話よ。」

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