第十一話 天蓋輪廻の聖譚曲
逃避行
♤
前を見ていた。
ただひたすらに前だけを見ていた。
振り返ることなどしない。
そして全てを手に入れたかった。
何かを手に入れるために、他の何かを犠牲にすることはありえなかった。
人はそれを強欲だと言うだろうか。
だがそんなことなど気にはしない。
たとえ傲慢だと言われようが、怠惰に貪欲に求め続けよう。
俺自身が俺であるために。
♤
俺はクランフェリアと共に手を繋いで走っていた。
人目を避けるように、静まり返った夜の中央部の街並みを二人で逃避行のように。
宗教国家都市、南東部のクランの聖堂敷地から中央部都市までの道のりは蒸気自動車でも問題はなかった。
けれど、管轄外になるとそうはいかない。
ヒルドアリアのいる北西部都市まで辿り着くには、いくつかの問題を越えなければならなかったのだ。
まずはそのルートがひとつ。
クランの管轄である南東部に隣接するのは、ラクリマリアの南部都市、そしてヴァリスネリアの東部地区だ。
どちらも都市の境に外壁があり、検問が敷かれている。
それをそのまま通過すれば、俺達の行く先を知られてしまう上に、俺を捕らえる通達があったなら終わりだ。
しかし、中央部都市に続く検問所はその限りではない。
宗教国家の中央部には巫女神官がいないため、七つの都市でも中立の立場にあるのだった。
二つ目の問題が移動手段。
先ほどの通り、南東部の街なら蒸気自動車でも平気だが、そこから先は管轄外の車が走ると目立ってしまう。
中央部市街は七つのどの都市よりもせまく、移動は馬車に限られていた。
ヒルドアリアの管轄、北西部都市は大きな山や渓谷に囲まれた都市で、車での移動は五時間以上の山越えをしなくてはならず地理も疎い。
楽な手段としては蒸気機関車があるが、列車内に俺達を追う者がいれば逃げ場はなかった。
そして、三つ目はクランの体力だった。
彼女は北部都市でアルスメリアに
しかし、その大きさはもとの十メートルから四メートルほどまでになり、彼女自身の疲弊も早くなっていたのだ。
クランの体力が完全に快復するまで無理はさせられない。
とはいえ、決して悲観する状況だというわけではないはずだ。
――「中央部都市、巫女神官専用の保養施設……あたしの庭園にある社は知っていますか?困ったらぜひ、その中へお入りください!」
南部都市でヒルドアリアと
それを頼りに、俺達は保養施設へと向かっていた。
息を切らすクランの様子を見て、建物の陰に彼女を連れ込んだ。
「大丈夫か、クラン。少し休もうか?」
彼女の躰を支えて声をかける。
「……平気です、あなた様。もう少ししたら、保養施設にもたどり着きますし。そこならきちんとした休息もとれるでしょう。」
深呼吸をして息を整えながらそう返されると。
おもむろにクランは腕を俺の首に回して抱きつき、大きな胸を押しつけて激しい鼓動を落ち着かせる。
少女の細い腰を抱いて薄暗い路地裏で見つめ合い、そっと唇の距離を埋めた。
しばらく二人で抱き合ったあと、再び移動を始めて保養施設の入り口へと到着をする。
すっかり夜も更けているため、当然ながら門は固く閉められていた。
俺はクランをお姫様抱っこしてから、大剣『
最低限の必要な荷物の入った
ゆうに十メートルを超えて跳び上がって外壁から施設の敷地内へと進入する。
「クラン。まずは寄宿舎の君の部屋でゆっくり休もうか。」
彼女を腕から降ろして提案すると、最愛の少女は微笑みながらゆっくり頷いたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます