伝承

    ▱


 それは遥か昔。

 とても遠い昔の話です。

 今からおよそ千年ほど前の物語。


 ある国の王様が一つの疑問を持ちました。


 ――この世界に神様はいるのだろうか、と。


 王様は考えます。

 輝く威光を示す陽の昼も、静かに地を見守る月の夜も。

 旱害かんがい※1見舞われる夏も、雪※2さらされる冬も。

 ※1干ばつによる被害のこと  ※2吹雪や雪崩のこと

 けれど、答えは一向に見つかりませんでした。



 ある時、王様は家来に一つの命令を言いつけました。


 ――『一人の赤ん坊に神の教えを叩き込むのだ。』


 産まれたばかりの赤子を神殿の奥へと幽閉して。

 神を語る神語しんご、神をしるす神聖文字だけを覚えさせ、神の思想や伝承のみを教え込みます。


 やがて、赤子は神に呪縛じゅばくされた子供へと育ち、神の模倣もほうとも呼べる異形と化しました。



 王様は待ちかねた疑問の答えを問いかけます。


 ――『神は存在するのか?』と。


 ……答えはすぐ出ました。

 神様漬けにされた元赤子は、こう答えました。


 ――『しかり!神は存在する!!妾は全知全能の神に仕える天使であり、御使いである!!』


 そう告げた元赤子は同時にを発現しました。


 それは十メートルほどの巨大な人型。

 真っ赤な十二枚の羽根と鎧装を全身に纏った白い天使の巨像。

――神鎧アンヘル『ウルスラ』。



 王様は元赤子をすぐさま追放します。

 本当は処刑をするはずでしたが、叶いませんでした。

 白い天使の巨像は天に向かってまばゆい光の柱を撃ったのです。


 それは、この地――天蓋に覆われた世界のあらゆる全てより強力な光の奔流ほんりゅう



 王様の国を逃れた元赤子は、隣に一つの国を作りました。

 彼女の神鎧アンヘルによって大聖堂を建て、その内壁には至高の存在である神の名を刻みます。


 俗人に軽々しく呼ばれないよう、彼女自身がつけた長い長い神様の名前を。


 そして、神鎧アンヘルの加護によって不死となった彼女は、神殿の奥に引きこもり祈りを捧げ続けたのです。


 ――それから、彼女の周囲には神鎧アンヘルを崇拝する人々が集まり、大聖堂のある中央部とそれを囲む七つの都市が出来上がったのでした……


    ‡


 わたくしは黒い神鎧アンヘル『ザルクシュトラール』とともに、アルスメリアとその神鎧アンヘル『ウルスラ』と対峙します。


 この闘いにはこちらに分がありました。

 わたくし自身は影による移動で安全な場所に避難しつつ、『ザルク』にを狙えさせればいいだけなのですから。


 とはいえ、『ウルスラ』の力も全て把握しているわけではないので油断は禁物です。

 あらゆる神力を遮断出来るわたくしの力を赤い髪の少女も理解していることでしょう。


 わたくしは影の中に隠れて、聖堂の物陰に移動します。

 それと同時に『ザルク』は黒い大剣を手に、超人離れの動きでアルスメリアへと突撃しました。


『ウルスラ』もまた彼女をかばうように両手を広げて、十字架の防壁を展開します。

 それを大剣の一振りで斬り裂いて無力化させ、二十数メートルの天使型の神鎧アンヘルに向かって跳びだしました。

 右手を払って打ち落とそうとする『ウルスラ』に合わせて、『ザルク』は渾身のこぶしを叩き込みます。


 白い天使の右手は鎧装ごと破壊され、その巨体を傾けて。

 アルスメリアは血のにじむ右手を押さえては、少しでも離れるように距離をとります。


「妾の右腕をよくも……だが、これならどうだ。」


『ウルスラ』は背中の十二枚の赤い羽根を広げると、舞い散る羽毛を槍のごとく『ザルク』へと飛ばしてきました。

 瞬時に硬質化して襲いかかる無数のそれを、球体状の防御壁で弾きながら着地します。

 そこへ次々と赤い槍は周囲に突き刺さり、針の山のような光景となりました。




 わたくしは闘う黒い神鎧アンヘルを見ながら、思いを巡らせます。

 今のわたくしの心中に渦巻く思いの正体に。


 それは悟り――いえ、ある種の殉教者の心持ちのようなものでした。

 わたくしの心と躰を満たしてくれたヒツギ様に対する想いを胸にして。

 この世界のとヒツギ様のために、この命を使えるのなら。

 ……その結果、わたくしの愛したの元へゆけるのだとしたら――


「たとえ刺し違えてでも、あなたを討たなければならないのです!」



 そして、大剣を構えて空高く飛び上がった『ザルク』は、『ウルスラ』へと向かって真っ直ぐに落ちていき――


「愚かなっ!妾の威光の藻屑もくずとなるがいい!!」


 アルスメリアの叫びとともに『ウルスラ』は左手をかざして胸部付近にまばゆい光の玉を生み出し。


 わたくしの黒い神鎧アンヘル『ザルクシュトラール』を打ち消すように、光の奔流ほんりゅうのようなブラスターを発射したのでした――

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