窮地

    ♤


 クランフェリアはゆっくりと自分のベッドから身を起こす。


「クラン、大丈夫なのか?無理はしないでいいんだぞ。」


 簡単な食事を手にベッドの上、彼女の足元付近へ腰掛ける。


 ちなみに作ったものは卵スープだ。

 調理自体は苦手ではないが、普段からクランの美味しい料理を口にしていると自分の料理に今ひとつ自信が持てない。


 食べ物をトレイごとクランに手渡すと、少女はそっとスープをすくい口に含んだ。


「心配してくれて、ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ。あなた様が作ってくださったスープで躰も暖まりますし。」


 彼女は軽く肩をすくめて小首を傾げてみせた。

 食事の手を進めているのを見て二つの意味で安堵しながら、その亜麻色の髪を撫でる。

 クランの元気が戻りつつあることと、料理が口に合っているということに。


 彼女は綺麗にスープを食べ終わって祈りを捧げると、一呼吸おいてから口を開いた。


「……これから、アルスメリアとヴァリスネリアはどんな動きを見せるのでしょうか。」


 その問いかけに明確な答えはできない。

 だが、彼女達が行おうとしていることは分かっている。



 ――『魂の解放の儀』。


 神鎧アンヘルの宿主である巫女神官達の願いを叶える儀式。

 クランと同様に、あの二人にも何か叶えたいものがあるのは間違いないだろう。


 そして、それを阻止しようとしているエノテリア。

 もう一人のクランである彼女を放ってはおけない。


 しかし、今や俺はアルスメリアやヴァリスネリアからは敵対した身である以上、大っぴらに動くことが出来ない。

 下手をすれば、異端として近いうちに捕らえられるかもしれなかった。

 クランの管轄である南東部にいれば安全なのだろうが、それでもかくまう彼女の立場は悪くなる一方だ。


 そのことを理解しているのか、クランが言葉を紡ぐ。


「――わたくしは、あなた様と離れたくはありません。少しでも状況を改善するために他の巫女神官に相談をいたしましょう。例えば、ラクリマとか……」


 宗教国家、南部都市を管轄するラクリマリア。

 クランの信頼する巫女神官仲間ではあるがしかし、彼女はアルスメリア達とも近い立場にある。

 人の思考や記憶を読むことが出来る力もあって、俺達の考えや行動を内通しないとも限らない。


 それなら他の巫女神官はどうか。


 南西部都市を管轄するパフィーリア。

 今は療養を終えて、街の復興もだいぶ進んでいる。

 けれど、少女のいる南西部の街は宗派争いが現在も続いて混乱の中にあった。

 なにより、あの子をこれ以上の問題や騒動に巻き込みたくないという思いが強い。



 そうなると、頼れるのはただ一人だった。


「……ヒルデに協力を頼もう。彼女ならきっと、俺達の力になってくれるだろう。」


 クランは俺を見つめて、手を繋いでくる。


「あなた様。わたくしは信じています。あなた様は必ず、この国の未来とわたくしとの幸せを築いてくれるのだと。二人で力を合わせて道を切り拓きましょう。」


 そして俺はふと、ヒルドアリアから伝えられたあることを思い出していた。


    ◎


 日の落ちた北部都市、その高台にある聖堂の広大な敷地内の真ん中に妾は足を踏み出していた。


 絢爛な星空の下、見下ろす民衆の街並みとの狭間に立ち両手をかざす。

 両の手には包帯が巻かれ、さながら聖人に刻まれた聖痕そのもののように。


「『魂の解放の儀』、その第一の扉を開くには巫女神官一人の膨大な力とが必要となる。今こそ、その扉を開く時だ。奪い取ったをもって代えさせん!」


 妾の背後に神鎧アンヘル『ウルスラ』を顕現させる。


「この扉を開けば、もう儀式の完遂まで後戻りは出来ない。そして、願いを叶えられるのはたったの一度。これが何を意味するのか貴様にはわかるか?」


 闇の中を見据えた先に、一人の少女が立ちはだかっていた。


「もちろん、分かっています――かつて、わたくしが『魂の解放の儀』をあなたより先に完遂させたのですから。」


 エノテリア。

 おそらく、こことは違う世界から転生を果たした少女。

『魂の解放の儀』は発動から七日以内に巫女神官と神鎧アンヘルの同調率を限界まで高めて願いを天に届ける必要がある。

 それを過ぎれば、神鎧アンヘルは神力を使い果たすまで暴走を始め、新たな宿主の元へと回帰する。


 妾はそのために日々、祈りを重ね続けては神鎧アンヘルの力を底上げして、この身と魂を近づけていた。


「わたくしはあなたの境遇と心の闇を知っています。だからこそ、こんな手段をもって世界を変えようとしている。これ以上、野放しには出来ません。ここで、その命を奪います。」


 少女の傍らに三メートルほどの黒い神鎧アンヘルあらわれる。


 妾は『ウルスラ』を向き合わせ、静かに闘いの火蓋を切って落とした――

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